これまでの研究概要および現在の研究内容
(
且原真木)

20185月現在

 植物は様々な環境に適応して生活しています。植物にとってストレスといわれる環境条件 にどのように応答するのか、特に細胞レベルで理解したいという関心から研究を進めてきました。 大学院および学術振興会特別研究員(PD)の時には水生藻類である車軸藻の一種ホシツリモ (Nitellopsis obtusa)の節間細胞を使い、電気生理学の手法等を用いて塩ストレスの機構を 研究した。

 節間細胞が100mMNaClの塩ストレスを受けると、膜電位が正常時の-180mVから-30mVまで 脱分極した。これは外液のナトリウムイオンが原形質膜のイオンチャンネルを透過するためと 解釈され、細胞質内のナトリウムイオン濃度の上昇は原子吸光法を用いて測定した。 外液のカルシウムイオン濃度を高めるとナトリウムイオンの膜透過が抑制され、脱分極も 起きなくなったが、細胞内灌流法でATPを除くとこのカルシウムの効果が消失することがわかった。 パッチクランプ法で原形質膜のシングルチャンネルの活動を記録したところ、ATPで開閉が制御 されるチャンネルを見つけた。このチャンネルは、カリウムもナトリウムも透過させた。 このチャンネルの性質は、従来の研究からカリウムとナトリウムが拮抗的に細胞に吸収されると 考えられていることと一致した。また液胞膜カリウムチャンネルもパッチクランプ法で見出し、 細胞内カルシウムの間接制御を受けていることがわかった。液胞膜カリウムチャンネルについては 耐塩性の高い車軸藻Lamprothamniumからも見出し、ナトリウムイオン透過性が低く、カルシウム による制御が直接的であるなど、耐塩性の低いホシツリモのものとは違うことも明らかにした。

 ストレス下の細胞内pHについては、in vivo NMRにより検討した。ホシツリモでは 塩ストレスによるダメージとしての細胞質の酸性化が認められたが、高耐塩性のDunalielaでは 逆にアルカリ化が観察され、これは適応のための細胞内シグナルと解釈された。
 
 科学技術特別研究員として蚕糸昆虫研では、害虫抵抗性の研究をおこなった。吸汁性昆虫が イネの師管液を吸汁中に口吻をレーザ光線で切断し、溢泌してくる師管液をあつめて解析した。 師管液中に植物ホルモンや吸汁性昆虫が媒介する病原微生物が存在することを明らかにした。 一方害虫抵抗性ヒエ植物体中に存在する吸汁阻害物質トランスアコニット酸は師管液中には 存在せず、おそらく柔組織、師管周辺細胞細胞等に存在するものと結論された。
 
 資源生物科学研究所に移ってからはオオムギ根における塩ストレスの機構を解明すべく 研究を進めた。水耕栽培したオオムギでは300mMNaCl以上の塩ストレスで伸長が停止するが、 この時細胞核の形態変化をDAPI染色を用いて蛍光顕微鏡によって観察した。その結果 塩ストレスによって細胞がダメージを受けると細胞核は変形しついで24時間以内に崩壊する ことが明らかになった。核の崩壊が始まった細胞からDNAを抽出し電気泳動で解析すると、 核DNAが180bpの整数倍で切断された、いわゆる「梯子状」の泳動像が得られた。これは アポートーシスとして知られる細胞死において見られるもので、ヌクレアーゼの活性化 が想定される。このアポトーシス様細胞死については、次に述べるカリウムおよび水輸送系の 分子生物学的研究とともに、現在継続研究中である。
 
 93年11月から14ヶ月間、アメリカ合衆国アリゾナ大学に留学する機会を得た。 この時Mesembryanthemumのカリウムチャンネルとウォーターチャンネル(水チャンネル)の 分子生物学的研究をおこなった。 Mesembryanthemumは耐塩性、耐乾燥性の極めて高い植物で、 生育途中にこれらストレスを受けると光合成の様式をC3型からCAM型に変えて適応する。 浸透圧適応過程においてカリウムの吸収が重要であることがわかったので、カリウムチャンネル の遺伝子を、シロイヌナズナの遺伝子の情報を使って、PCR法により増幅、同定した。 2種類の互いによく似た遺伝子断片が得られ、シロイヌナズナの遺伝子とはアミノ酸レベルで 70から90%の相同性が認められた。一方ウォーターチャンネル遺伝子については全長が得られ、 ストレスにより発現が制御されることが既に明らかになっていた。機能を明らかにするため、 すなわちウォーターチャンネル活性を測定するために、in vitrocDNAからRNAを作成し、 アフリカツメガエルの卵に微量注入して発現させた。このアフリカツメガエルの卵を用いた 実験には、カリフォルニア大学サンディエゴ校のシュレーダー博士に協力していただいた。 その結果、ウォーターチャンネル活性を測定できた。
 
 95年1月に帰国してから、オオムギおよび耐塩性の高い野生種からカリウムチャンネルおよびを水チャネルについての分子生理学的実験をスタートさせた。オオムギ幼植物の根細胞において、原形質膜で機能していると考えられる3つ水チャネルの遺伝子を見つけた。そのうち2つはmRNAの発現が低く、塩ストレスによる発現制御を受けていなかったが、HvPIP2;1と名付けた遺伝子産物は塩ストレスに発現制御を受けていた。この遺伝子から作成したRNAをアフリカツメガエル卵母細胞へのマイクロインジェクションしてタンパク質を発現させる系によってHvPIP2;1の水チャネル活性の測定、およびその性質の解析をおこなった。卵母細胞を使った遺伝子発現系は、アルミニウム耐性遺伝子が有機酸輸送体をコードしていることを証明する実験にも用いられた。また(株)植物工学研究所の協力で、HvPIP2;1遺伝子を導入・過剰発現させた形質転換イネを作成した。その形質を検討したところ、根における水透過性の上昇、耐塩性の低下、葉の二酸化炭素透過性の上昇を見出した。二酸化炭素透過性については、資源生物科学研究所の半場助手の協力によっておこなった。さらにイネで耐塩性に関与するとされているsalT遺伝子相同物をオオムギから単離したが、オオムギsalTは、耐塩性に関与している証拠は見つからなかった。

 

 2006年度から、名古屋大学、秋田県立大学、東北農業研究センターと共同で、生研センタープロジェクト「植物の「みずみずしさ」の分子機構解明とその応用のための基盤研究」を立ち上げた(研究代表:且原)。プロジェクトの内容は、こちらを参照ください。また、植物アクアポリンのホームページの運用も開始している。

 

 水輸送、イオン輸送、浸透圧調節、細胞死などが密接に関係する塩ストレスや乾燥ストレスへの耐性機構は、一側面を単一な手法で追求しても解明には限度がある。私はこれまでの研究において、耐塩性、乾燥耐性の機構を正しく理解するため、生理学を基盤にして、必要に応じて電気生理学や分子生物学を柔軟に組み合わせることにより研究をおこない、塩ストレスと水吸収・輸送に関係するストレス条件に応答する細胞の機能と機構を解明してきた。具体的には以下のような実験、研究を行っている。

 

*オオムギからアクアポリン遺伝子を同定して、その水輸送活性を、アフリカツメガル卵母細胞を使った異種機能発現系で測定した。

*塩ストレスおよび等張の浸透圧ストレスによって、原形質膜型アクアポリンの脱リン酸化と細胞内局在化による根の水透過性抑制が、耐塩性の強いオオムギおよびイネ品種でおこること、また耐塩性の弱い品種では、このような根水透過性の下方制御は行われないこと明らかにした。

*オオムギ、イネのアクアポリンについて、水透過性に加えて、過酸化水素輸送性、亜ヒ酸輸送性を網羅的に調べた。二酸化炭素輸送性アクアポリン候補もいくつか同定した。

*イネ原形質膜型アクアポリンOsPIP2;4の過剰発現体、発現抑制体で、それぞれ根の水透過性が上昇、低下していることを明らかにした。

*イオン輸送については、オオムギのHvCNGC2;3NaKが共存するときにのみcAMPで活性化されてNa/K輸送性を示すことを、アフリカツメガル卵母細胞を使った実験系で見出した。

*またイネ原形質膜型アクアポリンの一部にNaKの輸送性を示すものがあることを見つけた。

 

現在、アフリカツメガル卵母細胞を使った実験系を中心としてイオン輸送系とアクアポリンに関する共同研究が複数進行している。

今後は形質転換技術も含め、細胞、分子レベルの研究成果を植物個体に導入して、その評価をすすめていきたい。


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