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資生研 水の吸収と輸送

 

岡山大学・資源生物科学研究所 且原真木(かつはらまき)


このページは、著者が最近書いた植物における水輸送と水チャネルについての総説を、出版社の許可をいただいて、若干の手直しの上、WEBで公開するものです。出典は

秀潤社・植物細胞工学シリーズ18 「植物の膜輸送システム−ポンプ・トランスポーター・チャネル研究の新展開」
(監修:加藤潔、島崎研一郎、前島正義、三村徹郎 2003年刊)159−166ページ

です。よろしかったらお買い求めの上、全体をお読みください。植物のイオンや代謝産物の輸送系、水・イオンと植物の組織、成長、運動との関係について、最新の情報がたいへんわかりやすくまとめられています。なお、このサイトにある本文・図表の全部、または一部の無断転用を禁じます。リンクを張ることは、自由です。

はじめに
 水は生命活動の基盤物質である。しかし水の存在があまりに普遍的であるためか、乾燥や塩ストレスといった場合を除き、植物細胞における水の吸収、輸送のメカニズムは、これまでそれほど脚光を浴びることはなかった。一部の植物生理学者、作物学者によって研究が進められてきたものの、イオン輸送や他の物質輸送系にくらべて研究手法が限られていたこともあって、水の膜輸送について蓄積された情報は多いとは言えない状況であった。だがよく知られているように、光合成で炭素1モルを同化する際には、数百モルの水が植物体を通過している。このうちの何割かの水が後述するようにシンプラスト経由で移動するとすると、水の輸送は植物細胞にとって最も多量の膜輸送であることがわかる。この膜輸送を担う実体としての、水を特異的に通す水チャネル(タンパク質としては、アクアポリンと呼ばれる)が10年ほど前に初めて同定された。そしてその生理機能と制御機構の解明が進み、また水チャネルの役割の広さが理解されるようになってきた(1)(2)。本項では水の吸収と輸送を理解するための理論や、植物組織形態と水輸送の関係を簡単に説明したのち、最近の水チャネル研究の成果を概説する。

1. 水輸送の理論
 紙面の都合でごく簡単に、単純化して説明する。そのため理論的には不充分なところもあるので、より詳細な解説は、引用文献(3)(4)、また本誌第4章-1を参照してもらいたい。
水分子の移動は、理論的には拡散あるいは体積流(
図1)として取り扱われる。生体膜においては、脂質二重層を介した水の動きは拡散として、また水チャネルを介した輸送は体積流として解釈されることが多いが、実際には拡散も体積流も同時に起きているし、現実的には全体としての水の流速、すなわち単位時間あたりに流れる水の量(J:m3・s-1)について、
J = (水の透過性;G)×(駆動力;V) (A)
という式で考えていくことができる。2つのコンパートメントの間で水が移動するときの駆動力Vは、コンパートメント間の水ポテンシャル→用語解説)の差であって、単位は圧のPaを用いる。Gは単位時間、単位圧力当たりに流れる水の量(m3・s-1・Pa-1)で、水チャネルの透過性や、それ以外の因子によっても変化する。式(A)でGは、全体としての透過性であるから、たとえば土壌から根に水が吸収されるときの透過性を考えると、
G = (根の総表面積;S)×(単位面積当たりの水透過率;Lp)(B)
となる。Lpは単位時間、単位圧力当たりに移動する水の体積を面積で割ったもので、単位はm・s-1・Pa-1 となる。この式からLpが一定のままでもGを上げるには根量を増やしてSを増やせばよい、とわかる。これは実際に乾燥条件下で生育した植物によく見られる適応現象であって、式(A)の駆動力Vが小さくなった条件のもとで、Gを上げて水吸収量Jを確保する戦略である。より精緻な透過性の調節については、水チャネルの数や開閉の制御によってLpを変化させることによって実現していると考えられる。
単位膜面積当たりの水透過率(この値を「水透過性」と呼んでいる解説書も多い)は、植物種や細胞によってさまざまな値が報告されている。植物細胞におけるLpの測定には、原形質分離法、プロトプラストの体積変化を測る方法、プレッシャープローブ法などが用いられ、巨大細胞の場合には細胞横断浸透法が有効である(3)。単離した膜小胞の懸濁液では、浸透圧変化よっておこる光散乱変化からLpを求めることができる(5)。根など組織のLpは複室浸透法(6)、プレッシャーチェンバー法などで測定されている。多くの植物で水チャネルの阻害剤HgCl2を作用させるとLpが大きく阻害されて、数十から数%にまで低下することから、Lpの大部分は水チャネル経由であるとされている(表1)。ただ例外もあり海産藻類やCAM植物などではLpの値が低く、HgCl2で阻害されないので、水チャネルがないものと考えられる。この場合Lpは、トリチウム水→用語解説)を使って測定される水の拡散による透過率(Ld)とほぼ等しい。しかし一般的には生体膜に水チャネルが存在しているため、LpはLdより相当大きな値となる。

表1 水の膜透過とその特徴
膜透過の経路 脂質二重層 水チャネル
水分子の移動方法 拡散 体積流
透過性 低い 高い
水銀感受性 ない ある/ない
開閉制御 できない できる

Lpの値が仮にすべて水チャネルによって決まっているとした場合、Lpは単位膜面積当たりのアクアポリンの数n、1個のアクアポリンの水透過率f0、チャネルの開閉度Popenによって、
Lp = n ×f0 × Popen (C)
となる。
 水透過率あるいは透過係数として、Pos(またはPfと表記)をLpのかわりに算出している論文もある。水透過の理論を拡散的に扱うか、体積流的に扱うかで、2つの非平衡熱力学の式があり、それぞれの式の係数に相当するものがPosとLpであって、理論的には互いに独立したものであるが、実用上はLpの値に20℃において1.335x108 Paを乗ずればPos(単位はm・s-1)に換算されると考えてよい。
 式(A)に戻って、右辺のVについて考える。水の吸収・移動に影響する力としては、浸透ポテンシャル(Ψos)、圧ポテンシャル(Ψp)、マトリックスポテンシャル(Ψm)があり、これらの総和(Ψos +Ψp + Ψm)が水ポテンシャル(Ψ)となる。浸透ポテンシャルは浸透圧にマイナス符号をつけたものである。圧ポテンシャルは木部負圧→用語解説)などの物理的静水圧であり、膨圧も圧ポテンシャルとして扱うことができる。水の駆動力として浸透圧と静水圧が実際に等価であることは、実験的にも証明されている。マトリックスポテンシャルは土壌による水分子の吸着や、道管内の毛細管現象による力などである。前述のように2つのコンパートメントの間での水ポテンシャル差が駆動力Vとなり、たとえば、水ポテンシャルが-0.4 MPaの土壌から、-0.6 MPaの根に水が移動するときの駆動力は
Vsoil→root = Ψsoil−Ψroot = -0.4 - (-0.6) = 0.2 (MPa)
である。Ψsoil、Ψrootはそれぞれ土壌と根の水ポテンシャルを表す。根の組織をひとつのシンプラストと考えると、式(A)、(B)、(C)から
Jsoil→root = S × (n × f0 × Popen) × (Ψsoil−Ψroot) (D)
となる。
 植物が正常に生育している場合、根では能動的なイオン吸収などによって浸透圧を高めて土壌よりも低い水ポテンシャルを保っている。道管では根より低い水ポテンシャルになっており、葉では同化産物や無機イオンの蓄積および蒸散によって、さらに大きな負の水ポテンシャルが生じている。このような水ポテンシャル勾配が形成されているので、根での水吸収と地上部への水輸送が滞りなく行われているのである。なおプロトン輸送とそれにカップルしたイオン等の取りこみ、イオン吸収と水吸収の関係についてのモデル、根の構造との関連などの詳細は本誌別項(第1章-1、2、第3章-1、3、第4章-1)を参照していただきたい。
 乾燥や塩ストレスなど水ストレス環境に直面した植物では、水チャネル遺伝子の発現が増加する場合、減少する場合、減少後増加に転じる場合など、さまざまな報告がされている(1)が、このような現象も水ポテンシャルや水透過性の概念を考慮すれば理解しやすくなる。土壌の水ポテンシャルが低下し始めて、土壌と根の間で水ポテンシャル差が小さくなった場合、式(D)から考えてアクアポリンを増加させて水透過性を増大させることは、水吸収を確保するために有効であろう。しかしストレスが強力でΨsoilがΨrootよりも低下してしまった場合は、水は逆に根細胞から土壌に向かって動き、植物は脱水されてしまう。この場合は式(D)のPopenを減少させるか、アクアポリンの数を減らすか、あるいは細胞間連絡を閉鎖するかして一時的にでも根の水透過を下げて脱水を回避するのが有効な対応だろう。その後ストレス環境下に適応するためには、無機イオンの蓄積や浸透圧調節物質→用語解説)の合成などによって植物体内の水ポテンシャルを下げることによって植物にとって望ましい方向の駆動力を回復させたうえで、アクアポリンの数を増やすなどして水透過性を上げて吸水と成長を続ければよい。ただ実際の水ストレス‐植物相互作用のシステムはもっと複雑で、葉の水ポテンシャルが低下すると、それを感受して気孔が閉じ始め、蒸散が減ると木部や根の水ポテンシャルも変化するし、植物ホルモンABAやカルシウムイオンなども関与してくる。水チャネルだけで植物の水分生理が決まるのではなく、組織や細胞が互いに影響し合いながら植物体全体で働く適応機構の一部として水チャネルは機能し、制御されているのである。

2. 水の輸送と組織および水チャネルとの関係
 土壌水分と土壌内での水の移動については、土壌学の教科書などを参照していただきたい。根に入った水が移動する経路としては、シンプラスト(細胞間連絡によってつながっている細胞質の連続体)、アポプラスト(細胞壁および細胞間隙の全体)の2つが古くから提唱されてきた(本誌第3章-1参照)。現在では、どちらの経路も水輸送においては機能していて、環境条件、生理条件で2つの経路を通る割合が変わるものと理解されている。また複数の細胞を横切って動く細胞横断経路(Transcellular path)も考えられているが、通常、実験的にはシンプラスト経由の水の移動と区別して測定することができないので、2つを合わせてCell-to-cell pathと呼ぶこともある。シンプラストはもともと細胞質の連続体を考えていたが、現在では液胞横断経路(Transvacuolar path)とも呼ばれる、細胞質から液胞膜を横切って水が流れる経路も広い意味でのシンプラストに含めるて考え、こちらがシンプラストにおける主要な流路である可能性が議論されている。これは細胞膜Lpに対して液胞膜Lpが数倍から数十倍高いことが一般的であるとわかってきたためで、液胞が水の移動の際の抵抗にならないのなら、通常細胞体積の90%以上を占める液胞を横切って水は動くと考えられるからだ。仮に液胞膜のLpが細胞膜のLpよりも小さいとすると、細胞外の浸透圧が急に増加したとき、細胞膜を通って細胞質の水が急速に失われ、細胞質の体積が急変する。液胞膜が細胞膜より高いLpを持つことは、そのようなショックを防ぐのに役立っている(3)。
 主としてアポプラスト経由で根組織内を移動してきた水も、成熟した組織ではカスパリー線が存在するために一度はシンプラストに入るとされている(本誌第3章-1参照)。したがって最低一度は細胞膜にある水チャネルを介した膜輸送が行われることになる。この時に働く細胞膜型水チャネルの性質や制御は、根のマクロな水吸収の特性に大きく影響するだろう。次に道管に移行する際には、シンプラストの水は再び細胞膜水チャネル経由で出て行く必要がある。この時の水チャネルは、シンプラストに水が入る時に働くものと別のアイソフォームであるかもしれない。水チャネルに輸送の極性→用語解説)があるのかどうか、もしあればアイソフォーム間で異なっているのか、というのはたいへん興味深い問題だが、そのような実証例は今のところない。
 木部に入った水の一部は途中で師管に移行するが、大部分の水はキャビテーション→用語解説)を避けながら何本もの道管間を移行して地上部に向かい、葉肉組織内で細胞外の空間である細胞間隙に蒸気として出る。細胞間隙の出口が気孔である。気孔が充分開き、かつ細胞間隙内‐大気間の水蒸気圧差が充分あれば、大量の水がここから蒸散していく。気孔の開閉が植物の水分状態や光環境などによって制御されていることはよく知られている。気孔開閉の実体は孔辺細胞の膨圧変化であって、その際に関与するイオン輸送系については研究が進んでいる(本誌第3章-4参照)。しかしこの膨圧運動の時に同時に働いているはずの孔辺細胞の水チャネルについては、まだ研究が進んでいない(7)(8)。葉に到達した水の一部は葉肉細胞などにも水チャネル経由で取り込まれる。地上部では、根で働く水チャネルとは別のアイソフォームが発現、機能しているようである(9)。

3. 水チャネル遺伝子
 水チャネル遺伝子は1992年に初めて機能と結びつけて同定された。これはヒト赤血球膜で発現しているもの(AQP1)であった。植物では1993年の最初の報告以来、多くの遺伝子が知られるようになった。アクアポリンには多くのアイソフォームがあり、アラビドプシスやトウモロコシでは、それぞれ40個近くの水チャネル遺伝子が働いていることがわかっている(10)(11)。これらの中には大量にアクアポリンを発現するための単純な遺伝子重複もあるだろうが、アクアポリンの発現部位や塩基配列の類似性から、これらの遺伝子はPIP、TIP、NIP、SIP→用語解説)の4つのグループに大別される。
 PIPに属するアクアポリンは細胞膜で機能している。このグループはさらにPIP1サブグループとPIP2サブグループに分かれ、PIP1サブグループに属するものの中には、発現はしていても水輸送活性が非常に低いものがある(12)。PIP1サブグループの遺伝子は低いレベルで恒常的に発現している一方、PIP2のものは塩ストレスで大きく発現が変わる例がある(13)。またPIP1アクアポリンでは、水以外の低分子化合物に対する輸送活性をもつものもある(14)。このようなことから、PIP1とPIP2との間で機能分化があるのでは、と考えられるようになってきた。TIPは液胞膜型アクアポリンのグループである。アラビドプシスのαTIPとγTIPは植物アクアポリンで最初に研究が進んだものであり、種子発芽時に異なった細胞の液胞で機能していることが知られている(15)。前述のように液胞膜の水透過性は原形質膜の水透過性より一般的に高いが、その理由としては、ダイコンではTIPアクアポリンが大量に存在している(2)ために、式(C)のnが大きくなっていると考えられた。PIPとTIPとでPopenやf0に差があるかどうかは、まだわかっていない。なお遺伝子配列からはPIPと分類されていたアクアポリンが、細胞分画と特異抗体を使った実験から実際には液胞膜に存在することが判明した例があり(16)、アイソフォームの細胞内局在性は、一筋縄ではいかないようである。また、小胞体膜などのオルガネラの膜にもPIPあるいはTIPの仲間が存在している。NIPのグループは水以外の低分子化合物に対しても透過性を持ち、これらの物質輸送を担っていると考えられる。根粒内で発現しているNIPグループの一つNOD26は、根粒菌とホストの間の窒素化合物のやり取りに関与している可能性が高い(1)。SIPのグループは最近見つかった遺伝子群であるが、その生理機能は不明である。4つのグループをまとめてMIP→用語解説)と称するが、MIPの名は以前には個々の遺伝子に対して使われることもあった。またその他多くの水チャネル遺伝子についても、これまで研究者が好きなように命名していたので、遺伝子名については混乱があった。最近命名体系が提案された(10)ので、今後は改善されていくだろうが、関連の論文を読む時には注意が必要である。

4. 水チャネルの構造と輸送活性
 水チャネルの基本構造は6回の膜貫通領域があり、前半、後半に一回ずつAsn-Pro-Alaのモチーフ(NPAモチーフ)を持つことである(SIPグループでは例外あり)。ヒトのアクアポリンAQP1ではX線解析から詳細な立体構造が明らかにされており(17)、2つNPAモチーフ中のAlaが水分子が通過する孔に面して隣接して位置し、水分子の認識・選択に決定的な役割をしていることがわかっている。生体膜ではアクアポリンは4量体で存在しているようだが、単量体でも水透過性を持つとされている。
 アクアポリンの基本機能である水輸送を測るために広く用いられているのは、アフリカツメガエル卵母細胞にcRNA→用語解説)をマイクロインジェクションしてアクアポリンを発現させる系である。卵を低張液処理したときの水の流入速度が上昇すれば、インジェクションしたcRNAが水輸送活性をコードしていたと考えられる。また多くの場合その水輸送活性は水銀イオン(HgCl2あるいは有機水銀)で阻害されるが、水銀非感受性のアクアポリンもある。また最近フロレチン(phloretin)という阻害剤も使われ始めている(14)。
 卵母細胞の系には限界もあり、発現しているタンパク質の量やPopenを定量することは難しく、そのためアクアポリン1個あたりの水透過率f0についはよくわかっていない。水分子は電荷を持たないので電気的測定はできず、パッチクランプ法のようにシングルチャネルレベルで解析することは、水チャネルでは実現していない。逆にアクアポリンを発現させた卵母細胞で電気的測定を行っても通常イオン電流は検出されないので、このことからアクアポリンはイオンを透過させないことが証明される。しかし例外もあり、前出のNOD26はNH4+に対して透過性を持つことが示されている(1)。なおこのNOD26はガス体のNH3も輸送するらしい。
 もともと大腸菌のグリセロール輸送体の遺伝子と塩基配列に相同性が認められたためにMIP遺伝子群の輸送体としての可能性が検討され、水輸送活性の発見につながったという経緯があることから、多くの水チャネル遺伝子で卵母細胞の発現系を使ってグリセロール輸送活性が測定されている。PIPにもTIPにも、水以外の輸送活性を持たないものと、グリセロールの輸送活性も有するものとがあり、後者はアクアグリセロポリンと呼ばれることもある。ただ高等植物においてグリセロールには(一部のバクテリアや藻類で知られているような)浸透圧調節物質としての働きは認められていないため、グリセロール輸送活性の生理的役割については不明である。微量必須元素のホウ素も、非解離のH3BO3の形で水チャネルによって輸送されているらしい(18)。その他、尿素、過酸化水素、低分子アルコール、浸透圧調節物質、非解離形の有機酸などが、水チャネル経由で輸送されている可能性が示唆されている(1)。興味深いのは、二酸化炭素である。ヒトAQP1はガス体の溶存CO2を輸送するとされている。植物にとって、葉内での二酸化炭素の透過性(gi)は光合成速度を左右する大きなファクターの一つであるが、HgCl2処理によって葉の水透過性が阻害されると同時に、giも大きく阻害されることが明らかになった(19)。アクアポリンは細胞膜において水と二酸化炭素の出入りをコントロールする「細胞の気孔」なのだろうか?今後植物アクアポリンが二酸化炭素を透過させるかどうか、直接的に示す実験が待たれる(追補参照)。

5. 発現および活性の制御
 遺伝子工学の一般的な手法であるノーザンブロットやプロモーターGUS法によって組織内での発現パターンや誘導性が、またGFP融合タンパクの発現によって細胞内局在について調べられている。その結果、組織によってアイソフォームの発現パターンが異なっていたり、水関連ストレスや植物ホルモン処理した時の各アイソフォームの反応が、地上部と根で違っていることなども報告されている。しかし組織・細胞と水チャネルのアイソフォームの発現・機能・制御との関係の詳細は今後の研究課題として残されている。
一部のアイソフォームでは、転写産物の量は少なくても、タンパク質レベルでの蓄積は多い例がある(9)。また日周にともなう、数時間単位での発現量の増減も報告されている(14)(20)。したがって発現制御の解析にはアクアポリンのターンオーバーと分解過程までを考慮に入れる必要があるだろう。
 リン酸化によって水チャネル活性が制御されているアクアポリンもある。PIP2グループに属するホウレンソウPM28Aでは、カルシウム依存性プロテインキナーゼによって2つのセリン残基がリン酸化されチャネルが開く。細胞外が乾燥して浸透圧あるは膨圧の変化がおこると、脱リン酸化されてチャネルが閉じることにより式(D)のPopenが減少して、乾燥に対応しているという仮説が出されている(21)。またTIPの中にもリン酸化によって活性制御がなされている例がある(15)。
 環境ストレスとしては,乾燥、塩ストレス以外には、低温耐性にも水輸送と水チャネル発現が関係しているらしい。イネでは低温で吸水が阻害されることが低温障害の一つとなっているようだが、軽度な脱水ストレス前処理で水チャネル発現を誘導すると、耐冷性が増強されると報告されている(22)。

6. 水チャネル研究の問題、今後の課題と展望
 アイソフォームが数多く存在することは、水チャネルの機能を詳細に知ろうとする場合に大きな問題であって、抗体実験の場合には避けがたい交差反応として影響してくる。ある一つの遺伝子のアンチセンスを導入して形質転換体を作っても、他のアイソフォームが働いて大部分の機能が相補されてしまい、リバースジェネティックスが難しい。この状況は動物細胞でも同じで、ある特定のアクアポリン欠損変異体やノックアウト体の表現形は多くの場合、野生型と変わらない。このことは、水輸送が細胞にとってきわめて重要な機能であって、一つの遺伝子に変異がおこっても、細胞として水輸送機能が失われないように、遺伝子重複によって冗長性を高めていることを意味しているとも考えられる。
 これまでの10年は水チャネル遺伝子発見ラッシュの時期であった。今後は困難を伴なうだろうがアイソフォームの役割分担、機能分担を整理する必要があり、また植物体全体の水分生理における水チャネルの位置付けを明らかにすることを考えながら研究を進めなくてはならない。水チャネル研究は、水関連ストレスの分子機構解明の一翼を担っており、その成果が耐性作物育種につながることにも期待したい。

*** 追補(2004年4月) ***
本稿が2003年3月に出版されてから、この年の後半に、水チャネル・アクアポリンを巡る大きな動きがあった。
ご存じの方も多いと思うが、水チャネルの発見者Dr.Agreが、2003年のノーベル化学賞を受賞した。このことで、水チャネルの研究分野も大いに脚光をあびることとなった。また植物の水チャネルについて、Nature誌に2つの論文が掲載された。これらについて、前島先生(名古屋大学)が「化学と生物」誌2004年1月号に解説を書かれているので、あわせてごらんになることをお勧めする。

Kaldenhoffらの論文は、水チャネルによる二酸化炭素透過について述べたものある。且原らも、その可能性について、水チャネル過剰発現イネを用いて実験を進めていて、日本植物生理学会2003年度年会やPlantBilogy2003で学会発表もしているが、論文の形で出るのは遅れてしまった(Plant Cell Physiology誌2004年5月号に掲載予定)。且原が関係した水チャネル関係の研究については、こちらにまとめてある。
且原は、もともと塩ストレス適応機構(耐塩性)の研究から、水チャネル研究に関わるようになった。このため、塩ストレスと関連してアクアポリンの挙動や関与を研究したものが多い。水が関係するストレス環境(塩ストレス、乾燥ストレス、低温・冷温適応など)におけるアクアポリンについて、今後も研究を進めていく予定なので、このような研究に従事してみたい方、ぜひコンタクトしてみてください。また、二酸化炭素の透過については、光合成機能を改変する可能性を含む、今後の発展がたいへん楽しみな分野です。こちらについても、チャレンジしたい方の連絡をお待ちします。

用語解説 

水ポテンシャル(Ψ) 水溶液の化学ポテンシャルを部分モル体積で割ったものに相当し、圧力の単位を持つ。水はポテンシャルの高いほうから低いほうへ流れる、ということと、純水のΨ=0と定義されていることから、植物組織液を含めて、溶質の溶けている水溶液は、プラスの静水圧がかかっていないかぎり、通常マイナスの値のΨをもつことになる。
トリチウム水 水分子中の水素原子の一つが放射性のトリチウム(三重水素)に置換された、放射ラベルを持つ水分子。
木部負圧 蒸散に由来する道管内の吸引力であり、これによって水が上昇するとされる。大きな負圧の存在は一時否定されたが、再度その存在が認められるようになっている。また蒸散がなく、木部負圧がなくても、水を押し上げる根圧が存在する場合がある。根圧は草本では0.08-0.19Mpaである(23)。
浸透圧調節物質 おもに細胞質内に蓄積して浸透ポテンシャルの低下に寄与し、かつ代謝活性に悪影響を与えないグリシンベタイン、プロリン、ソルビトールなどの低分子有機化合物である。最近では、これらの物質による、酵素タンパク質に対する保護作用(過剰なイオン、ラジカル、高温、低温などからの)も注目されている。
輸送の極性 整流性とも呼び、輸送方向によって透過性が異なる現象である。イオンチャネルでは、膜の外から内側へイオンを流しやすい内向き整流性や、その逆の外向き整流性のチャネルがそれぞれ知られている。水輸送についても、細胞レベルでは、車軸藻細胞で水透過性に極性があることが知られている。
キャビテーション 道管の中に気泡が発生することであり、水の流れが遮断される。キャビテーションは水ストレスや低温条件下で起こりやすい。大量のキャビテーションが発生すると、木部の水透過性が大きく低下し、枯死にいたる。
PIP、TIP、NIP、SIP それぞれPlasma membrane intrinsic protein、 Tonoplast intrinsic protein、 NOD26-like intrinsic protein、Small basic intrinsic protein の略称である。NIPはNLPとされる場合もある。
MIP このグループで最初に遺伝子配列が解析されたウシ水晶体の細胞で発現しているMajor intrinsic protein(現在AQP0に改名)に由来する。
cRNA cDNAを鋳型に試験管内で人工的に転写させて作成したRNA。

引用文献

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  2. 前島正義: 朝倉植物生理学講座A「代謝」,pp.30-37 朝倉書店 (2001)
  3. 清沢桂太郎,田沢仁,加藤潔: 現代植物生理学D「物質の輸送と貯蔵」, pp.26-48, 朝倉書店 (1991)
  4. 平沢正: 植物細胞工学シリーズ11「植物の環境応答」,pp.50-58, 秀潤社 (1999)
  5. Tyerman, S.D., Bohnert, H., Maurel, C., Steudle, E. & Smith, J.A.C.: J. Exp. Bot. 50, 1055-1071(1999)
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  9. Suga, S., Imagawa, S. & Maeshima, M.: Planta 212,294-304 (2001)
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製作者: 且原真木 (kmaki@rib.okayama-u.ac.jp)

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