イネサイトカインの同定と機能解析

植物においては、動物のサイトカインに類似した内因性ペプチドに関する情報は限られており、植物におけるサイトカインの同定は重要かつ挑戦的な目標であった。私達は、植物免疫に関与するサイトカインを同定するために、トランスクリプトーム解析とプロテオー ム解析を組み合わせた「マルチオミクス解析」に基づいたスクリーニングを用いて、イネいもち病菌とそのエリシターであるキチンによって誘導される236個の内因性分泌ペプチド (SSP) を同定した(Wang et al., Plant Biotech J 2020)。これらのSSPには、既知の2つのペプチド ファミリーのRALF7とPSK4が含まれていた。さらに、イネの免疫に関与する新規サイトカ インファミリーとしてIRPを同定した。本研究は、イネがサイトカインを介して免疫を制御 する仕組みの理解に大きく貢献すると考えられた。さらに、私達は、IRPがイネの最重 要病害であるいもち病菌に対する抵抗性において正の制御因子であること、MAPK活性化や WRKY転写因子の発現を制御してイネ耐病性を向上させていることを明らかにした(Wang et al., bioRxiv 2021)。

免疫受容体NLRタンパク質Pitのシグナル伝達経路の解明

NLR タンパク質は、植物免疫の重要な細胞内受容体である。私達は、OsRac1 の活性化メカニズムを明らかにするため結合タンパク質の探索を行い、イネの最重要病害である いもち病菌の免疫受容体である NLR 型タンパク質 Pit を同定し、Pit による OsRac1 の制御 がいもち病菌への防御応答に重要であることを明らかにした(Kawano et al., Cell Host Microbe 2010; Kawano et al., Front Plant Sci. 2014)。さらに、PitがOsSPK1と呼ばれるGタンパク質の活性化タンパク質を介して、OsRac1 を活性化することを見出した(Wang et al., PNAS 2018)。また、脂質修飾 (パルミトイル化) を介して Pit1 が細胞膜にアンカーすることが、Pit による細胞膜上での OsRac1 活性化に必須であることも明らかにしている(Kawano et al., JBC 2014)。
これらの発見により、植物の中で最も強い免疫応答を引き起こす NLR 免疫受容体の主要なシグナル伝達経路を明らかにした。

パターン認識受容体によるOsRac1を介した耐病性誘導機構

私達は、低分子量Gタンパク質OsRac1が膜貫通型の免疫受容体であるパターン認識受容体のシグナル鍵因子であることを明らかにしている(Akamatsu et al., bioRxiv 2020; Nagano et al., Plant Cell 2016; Akamatsu et al., Curr Genomic 2016; Kawano and Shimamoto, Curr Opin Plant Biol 2013)。OsRac1は、イネ免疫を制御するマスターレギュレーターであることから、植物細胞内でOsRac1活性化をモニタリングすることは、植物免疫を理解する上で重要であると考えた。蛍光タンパク質の蛍光共鳴エネルギー移動を用いたバイオイメージングセンサーを樹立し、いもち病菌の細胞壁成分を感知してから3分以内にOsRac1が活性化することを見出した(Wong et al., Plant Methods 2018)。これは低分子量Gタンパク質の活性化を植物の生細胞で観察した初めての事例である。さらに、キチン受容体OsCERK1からの指令が、OsRac1の 活性化タンパク質OsRacGEF1 を介してOsRac1に伝えられることを発見した(Akamatsu et al., Cell Host Microbe 2013)。OsRacGEF1がOsRacGEF2とヘテロダイマー化することも明らかにし、 ダイマー化したGEFがキチンやフラジェリン受容体のキナーゼドメインに結合することも見出している(Akamatsu et al., Plant Signal Behav 2015)。このGEFのダイマー化が様々な受容体キナーゼの下流で働く多様なGタンパク質の制御に重要な機構の一つと考えられた。

 

[参考資料]
• 川崎努「植物における免疫誘導と病原微生物の感染戦略」領域融合レビュー

• 赤松明、島本功「キチンにより誘導されるイネの免疫応答は受容体型キナーゼとキチン結合タンパク質との複合体、GEF、低分子量Gタンパク質からなるモジュールにより制御される」新着論文レビュー