生態毒性学と水質管理 / Environmental toxicology and water quality management

1.1. 生態毒性学
生態毒性学では,汚染物質などさまざまな化学物質が,湖沼や河川などの水中の生物に与える影響を研究します.この学問分野では,化学物質が水にどのように入り込むのか,どのように移動するのか,そしてどのように生物に影響を与えるのかを調べます.また,これらの化学物質が個々の生物や生態系全体に及ぼす潜在的なリスクを評価します.そのような研究を通じて,化学物質の生態系へのリスクを評価し,その影響を和らげるための戦略を考えることをねらっています.

1.2. 水質管理
水質管理は,飲料水の供給,農業用灌漑,レクリエーション,水生生態系の保護などさまざまな水資源の有益な利用を目的としてします.水質の管理は,物理的,化学的な性質の監視と評価だけではなく,生物学的特性を含む水質の目安となる項目の監視と評価も行います.効果的に水質を管理することにより,水域を汚染する潜在的な汚染源を特定し,また汚染物質の挙動と影響を理解して,適切な管理手法を開発することができます.その一部として,生態系への化学物質のリスクを調べる生態毒性学の知識が有効になってきます.生態毒性学の成果により,生物学の立場から汚染物質の毒性,生物蓄積の可能性,生物とその生息地の脆弱性について理解することができます.これらの知識は,水質基準の設定,環境規制の確立,汚染防止・管理対策に役立ちます.

水質管理には,水域の定期的なモニタリング,水質データの評価,汚染源の特定,汚染防止計画の策定,処理技術の導入,劣化した生態系の回復など,さまざまな活動が含まれます.生態毒性学と水質管理は,汚染物質が水環境に及ぼす悪影響を理解し緩和するための基盤として,相互に強く関連しています.生態毒性学の知識を水質管理に取り入れることで,水資源の持続的な利用を確保し,生態系と人間の福利を守ることができます.

2. バイオアッセイ
2.1. 生態毒性学および水質管理におけるバイオアッセイのねらい
生態毒性学にけるバイオアッセイとは,生物の生存,成長,繁殖などの生物学的な応答を測定し,特定の物質の毒性を評価するために使用される重要な技術です.この技術では,特定の生物種(例えば,魚や甲殻類や藻類)を実験室または野外の環境で化学物質にさらし,その生物の反応を観察します.実験のデザインによっては生存率を観察する(残念ながら死亡数を数える)こともあります.

バイオアッセイでは,生物の化学物質に対する応答を異なる濃度や曝露期間で調べます.これにより,化学物質暴露と生物の応答との関係を知ることができます.代表的な指標のひとつが,半致死濃度(LC50)です.ある特定の生物が化学物質に暴露された場合に,半分が死に至る濃度です.このような指標を異なる生態系の地位にある生物(例えば,バクテリア・植物プランクトン・ミジンコ・メダカ)に対してそれぞれ実施し,実際の生態系でどのような影響があるのか予測します.このようにバイオアッセイは,生態毒性学の研究と実践において不可欠な技術です.カナダをはじめ諸外国では排水の水質基準にバイオアッセイがだいぶ以前から取り入れられています.

排水基準だけでなく,バイオアッセイは化学物質の国際的な基準においても取り入れられています.グローバルハーモナイズドシステム(GHS)は,化学物質の安全な管理と取り扱いのための国際的な基準です.GHSは,化学物質の危険性評価と表示方法を統一し,世界各国での安全情報の一貫性の確保をねらっています.GHSでは,化学物質のラベル表示,安全データシート(SDS)のフォーマット,危険性の分類基準などが国際的に統一されているため,国境を越えた取引や情報共有が容易になり,化学物質の取り扱いにおけるリスクの認識が向上するというメリットがあります.GHSにもバイオアッセイを用いた,生態毒性試験の結果が示されています.

2.2. バイオアッセイの利点と弱点
バイオアッセイによる水質の評価は,化学分析による水質の評価を比べていくつかの利点があります.化学物質は人工・天然に関わらず無数にあり,有害がわかっていないものがいまだに多くあります.また,複数の化学物質間で毒性の相互作用があるものがあります.お互いの毒性を弱めたり(拮抗作用),逆に強めたりする場合があります.そのような相互作用は個々の化学物質の定量分析では予想ができないあるいは難しいのです.バイオアッセイでは個々の化学物質の量を考慮するのではなく,生物への毒性を評価するため,試料の包括的な毒性を評価することができます.一般に,バイオアッセイは特別な装置を必要とせず,高額な分析機器が必要な化学分析に比べて費用対効果が高いと言えます.
また,短期的な影響をみる急性試験だけでなく,長期間化学物質にさらされた場合の影響をみる慢性試験ができる点も化学分析では得られない貴重な情報です.

バイオアッセイの短所として,毒性があることが明らかとなっても,毒性をもつ化学物質の情報を得ることができません.また,一部のバイオアッセイは結果を得るのに長い時間がかかります.バクテリアの呼吸阻害を調べるバイオアッセイは,下準備の時間を除くと,アッセイそのものは10-15分で結果が得られますが,魚類急性毒性試験は96時間の死亡率を測定する試験のため4日ほどの試験期間が必要です.化学分析とバイオアッセイが,水質管理および生態毒性学においてそれぞれ補完的な役割を果たすことが必要です.

2.3. 毒性同定・評価(TIE)
毒性同定・評価 Toxicity Identification and Evaluation (TIE) は,1970年代後半に,水生生態系における化学物質の毒性をより包括的に理解することを目的として誕生しました.従来の化学分析では毒性の原因について十分な情報が得られない場合に、毒性の原因や発生源の特定に大きな力を発揮します.TIEは,湖沼や河川水に存在する複雑な化学物質の混合物による,生態系への潜在的なリスクを,より総合的に評価することができ,水環境のリスク評価と管理のための貴重な情報を提供できます.

TIEの手順には,3つのステップがあります.ひとつめは,バイオアッセイによる毒性試験を実施し,サンプルに毒性があることを確認することです.ふたつめは,pH調整,曝気,特定の化学物質の添加など.さまざまな処理を施して毒性を変化させ,その毒性の強弱の変化から,毒性物質の特性を見極めます.これらの操作により,試料に含まれる潜在的な毒性成分を絞り込むことができます.さらに,固相抽出などの分画技術を用い,サンプルの化学的性質に基づいて毒性物質を分離し,それぞれ分離した画分の毒性を個別にバイオアッセイすることで評価します.これにより,毒性成分を概ね特定します.みっつめのステップでは,確認と評価を行います.前のステップで特定された毒性成分を個別にバイオアッセイにより試験し,その毒性を確認します.

TIEにより毒性の原因や発生源の特定をする際には,これらの過程で膨大な数のバイオアッセイを必要とする点が実際上の問題となります.このようなTIEの課題を克服するため,また実験により犠牲となる水生生物の数を減らすために,バイオアッセイの代わりとなる,圧倒的に効率的な毒性バイオセンサーの開発が必要でした.

3. ハイスループットバイオセンサーの開発

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