気孔とイオンチャネル/ Stomata and ion channels

6.1. 気孔運動のメカニズム / Mechanisms of stomatal movements
動物の筋肉の伸展・収縮運動では,アクチンとミオシンのスライドが中心的な役割を果たしています.植物ではアクチンとミオシンは,原形質流動において中心的な役割を果たすことが知られています.一方,オジギソウをはじめとしたマメ科植物の就眠運動や,ほどんどの種子植物で見られる気孔の開閉運動などでは,アクチンとミオシンは中心的な役割を担っていません.その代わり,これらの植物の運動は,水圧を使うことで動いています.水圧をつかうといっても,当然植物には電動式の組み上げポンプなどがあるわけではありません.(電気がまったく関係ないかと言われれば,実は関係しています.その話はこのあとで.)

気孔を構成する孔辺細胞は,水風船に水を入れるように,水を取り込むことで膨らもうとします.しかし,細胞壁の繊維で取り囲まれているために,体積の変化は比較的わずかで,その代わり細胞内の圧力が上昇します.この膨圧と呼ばれる圧力により,細胞が大きく歪みます.この歪みにより気孔は開口します.逆に,気孔が閉口するときは,孔辺細胞から水を放出して膨圧が減少することで,細胞の湾曲した歪みがなくなるため,気孔は狭くなります

6.2. 孔辺細胞における水の移動 / Water movement in guard cells
少し生物物理学的な話をします.
孔辺細胞では水が出たり入ったりします.そもそも水は,水の化学ポテンシャル(一般に水ポテンシャルと呼ばれています)の差に従い,水の化学ポテンシャルの高い方から低い方へ移動します.孔辺細胞の原形質膜を横切って細胞の内外に水が移動するということは,細胞の内外で水の化学ポテンシャルの差が生じているということです.気孔が開くときは孔辺細胞内の水の化学ポテンシャルが細胞外の水の化学ポテンシャルより低くなり,水は細胞内に移動します.逆に,気孔が閉じるときは孔辺細胞内の水の化学ポテンシャルが細胞外の水の化学ポテンシャルより高くなり,水は細胞外に移動します.

水の化学ポテンシャルはどのようにして変わるのか,ということが気孔運動を知る上でキーポイントとなります.まず,水の化学ポテンシャル(いわゆる水ポテンシャル)の構成要因について知ることが重要です.水の化学ポテンシャルと毎回書くのは長いので,以下の文章ではこれをギリシャ文字の大文字のプサイ(Ψ)で表現していきましょう.文字の一部ではなく記号だということがはっきりわかるように斜体で表現することにします.

水鉄砲の先から水が飛び出すのを見たことがあると思います.このとき水が移動しています.この水を動かす要因は圧力です.圧力は水を動かすエネルギーであるΨを構成する要因のひとつです.

水が入っているバケツの底に穴があくと,水が漏れます.バケツは揺らさずに,静止していても水は漏れます.このとき水が移動しています.この水を動かす要因は重力です.重力はΨを構成する要因のひとつです.

床に水がこぼれました.乾いた雑巾をおくと,こぼれた水が雑巾に吸い取られます.このとき水が移動しています.この水を動かす要因は,マトリクス効果と呼ばれます.毛細管現象もマトリクス効果のひとつです.固体の表面と水がお互いに引き合い,その水分子がまた次の分子を引き寄せるように,水と固体の相互作用によって水が移動します.マトリクス効果により水を動かすエネルギーはマトリクスポテンシャルといいます.マトリクスポテンシャルはΨを構成する要因のひとつです.

雨降りに,傘をくるくる回すと水が飛び散ります.このときは,遠心力がΨを構成する要因です.Ψを解説した教科書に傘を回すシーンの例が書かれているのを見たことはありません.子供が枝を振り回す時など極めて特殊な条件でなければ,植物における水輸送を考えるときに遠心力の関与を考慮することはありませんので,遠心力のことは一度わすれましょう.

おしまいに,浸透ポテンシャルについて説明します.最近の学生実験で実施しているかどうかはわかりませんが,セロファン膜で筒を作って,砂糖水を作り,水を張ったビーカーにつけると,セロファンの筒がパンパンになってきます.これはビーカーの水がセロファン膜でできた筒の中に移動したことを示しています.このときの水の移動は,浸透圧の低いピーカー内から,浸透圧の高いセロファンの筒の中に水が吸収されたと考えることができます.一方,化学ポテンシャル的に物質の移動を考えるときには,ポテンシャルの高い方から低い方へ物質が移動する様子を数式で記述できるように考えるようにします.一般に考えられる浸透圧とは逆に,浸透ポテンシャルはビーカー内の真水の方が,砂糖水よりも高いと考えます.水分子は砂糖(ショ糖)の分子に引きつけられ,自由に動くことが妨げられます.一方,真水ではそのような水分子の束縛がありません.このため,ビーカー内の真水中の水分子は,同じ温度で同じ圧力の条件下で,砂糖水中の水分子より活発に移動します.

分子が活発に移動するということは,運動エネルギーが高いということになります.結局のところ,Ψが高いということは水分子の運動エネルギーが高い状態であり,Ψが低いということは水分子の運動エネルギーが低い状態だと言い換えることができます.水分子は運動エネルギーがより高い方から,より低い方へと移動します.このときに運動エネルギーの高さに影響する因子がΨの違いに現れます.下の式は,Ψが圧力ポテンシャル(Ψp),重力ポテンシャルΨg,マトリクスポテンシャルΨm,浸透ポテンシャルΨsの和によって構成されていることを示しています.

Ψ = Ψp + Ψg + Ψm + Ψs

6.3. 孔辺細胞と膨圧 / Guard cells and turgor pressure
このページの上の方で,「気孔を構成する孔辺細胞は,水風船に水を入れるように,水を取り込むことで膨らもうとします.しかし,細胞壁の繊維で取り囲まれているために,体積の変化は比較的わずかで,その代わり細胞内の圧力が上昇します.この膨圧と呼ばれる圧力により,細胞が大きく歪みます.この歪みにより気孔は開口します.」と書きました.それなりに文字数をかけて,水ポテンシャルの話をしましたので,ここまで読んだ方は,孔辺細胞内の浸透ポテンシャルΨsの低下によって,細胞内に水が入ろうとするエネルギーが,孔辺細胞の膨圧を生み出すということが理解いただけたと思います.次なるポイントは,どのようにして孔辺細胞はΨsを下げる(浸透圧を上げると同義)のかという問題です.

6.4. 孔辺細胞のイオン輸送と気孔運動 / Ion transport in guard cells and stomatal movements
気孔の開口度が孔辺細胞の浸透ポテンシャルで調節されるというアイディアは1800年代中頃にはすでに確立されていました.その後,科学者達はおよそ100年の間,浸透的に不活性なデンプンと浸透的に活性な糖分との間の相互交換によるものと説明してきました.しかし1960年代後半から,カリウムイオン(K+)により,孔辺細胞の浸透ポテンシャルが調節されるという仮説に置き換わりました.2020年代の現在でもこの仮説は気孔運動を説明する最も重要なものとして認識されています.K+により,気孔開度が調節されるという仮説は1970年代にさらに,そのカウンターイオンであるClやリンゴ酸も同時に重要であるという結論へと発展します.この理論では,気孔が開口するときには,孔辺細胞の原形質膜のH+ポンプが活性化されることで,細胞内からのH+の放出により,原形質膜の外側が正に,内側が負に大きく分極し,この電気的な力により,K+が孔辺細胞内に取り込まれ,細胞内の浸透圧が上昇する(浸透ポテンシャルが減少する)と説明されています.さらに,K+のみが細胞内に入ることで細胞内の電気的バランスが壊れるので,これを相補するためにカウンターイオン(Clやリンゴ酸)も細胞内に取り込まれるので,結果的に非常に効率的に孔辺細胞内の浸透ポテンシャルを低下することができると説明されています.さらに最近の論文では,K+の取り込みと並行して,H+とショ糖を共輸送する輸送体によるショ糖の取り込みによっても孔辺細胞の浸透ポテンシャルの低下が生じることが報告されています.これらの点に関して,古い論文ですが Talbot とZeiger (1996, doi: 10.1104/pp.111.4.1051)は,現在の理論の基礎となる重要な報告をしています.現在の研究は,TalbotとZeigerが報告した生理現象の裏付けとなる分子機構の解明をしているということもできると思います.

逆に,気孔が閉口するときには,水が孔辺細胞から細胞外へ移動しますので,孔辺細胞内の水ポテンシャルは相対的に高くなります.このとき,孔辺細胞内のK+とカウンターイオンが孔辺細胞の原形質膜に存在するイオンチャネルを介して細胞外へ放出されることがわかっています.このようなイオンチャネルには細胞外にK+を放出するカリウムチャネル(GORK)が知られています.また,カウンターイオンを放出するチャネルは,複数あると考えられています.生理学的役割とは別に,電気生理学的な特徴から遅延型(Slow type)と即応型(Rapid type)の2種類に分類されています.Slow typeとしてSLAC1遺伝子が同定されています.また複数存在すると想定されているRapid typeの遺伝子のひとつはALMTイオンチャネルであることがわかっています.私と共同研究者の佐々木はシロイヌナズナの孔辺細胞で機能するALMTイオンチャネルがAtALMT12であること,トマトの孔辺細胞で機能するALMTイオンチャネルがSlALMT11であることを世界に先駆けて発見してその詳細な機能を研究しています.TalbotとZeigerの研究を深化しているだけと言えばそうかもしれませんが,孔辺細胞で機能するALMTチャネルが,なぜ電圧に対してベル型応答をする必要があるのか?など,個々のイオンチャネルの物理的性質と生理機能の関係など,掘り下げるネタはつきません.

このテーマに関連する代表的な論文

  • Takayuki Sasaki, Michiyo Ariyoshi, Yoko Yamamoto, Izumi C. Mori
    Functional roles of ALMT-type anion channels in malate-induced stomatal closure in tomato and Arabidopsis
    Plant, Cell and Environment 45: 2337–2350 (2022)
    doi.org/10.1111/pce.14373
  • Takayuki Sasaki, Izumi C. Mori, Takuya Furuichi, Shintaro Munemasa, Kiminori Toyooka, Ken Matsuoka, Yoshiyuki Murata, Yoko Yamamoto
    Closing Plant Stomata Requires a Homolog of an Aluminum-Activated Malate Transporter
    Plant and Cell Physiology 51: 354–365 (2010)
    doi.org/10.1093/pcp/pcq016
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