はじめに

「初恋を超える恋には、なかなか出会えない」

 これは「中高年が好きなドラマ」に、ありがちなシチュエーションである。この本は、一人の植物細胞遺伝学者(染色体の研究者)が、皆さんの「染色体への出会い」を「生物学の初恋」に変えるために、持ちうる技術とデータを結集して書き上げた。
 上の写真は「タマネギの細胞分裂」である。おそらく、これと似た写真を教科書で見たり、生物の実験で実際に観察したことがある人もいるだろう。しかし、実際の生物の実験では、「経験の不足」であったり、「材料や実験道具の不具合」だったりで、「イマイチ」な結果しか得られないことも多い。
 ところで、タマネギが、なぜ「染色体観察」の材料に使われるのか、考えた事があるだろうか?それは、「簡単に、安価に、いつでも手に入ること」、「動物の材料と違い、殺生を伴わないこと(少なくともそう感じること)」、「分裂細胞の頻度も高く、 一般的な動植物に比べて大きな染色体をもち、 簡易な顕微鏡で観察できること」が理由として挙げられる。これらの「容易さ」のために、「植物の染色体観察」は生物のカリキュラムの早い時期に実施される。

 その後、生物の授業が進んで行き、より高度な染色体や細胞分裂のトピックスになると、突然、蛍光を放つ派手な「動物細胞たち」にモデルの座は奪われ、植物の染色体は心の中に「地味な存在」として残ればまだ良い方で、大方の場合には忘れられてしまう。そして、オープンキャンパスなどで染色体観察を体験してもらうと「あー、そういえば昔、こういうのやりました!うまくいかなかったけど・・・」なんて言われてしまう。
 これまでも、こんな事にならない様に、多くの先人たちが「植物染色体の観察法」を書籍やウェブを通じてアドバイスしてきた。けれども、「教科書に載っている植物染色体の写真が、動物染色体の写真に比べて地味」と言う点には、植物細胞遺伝学者は私も含めてあまり向き合ってこなかった。そうやって、せっかく「君の生物学の初恋相手」になるチャンスを見す見す逃してきてしまった。

 そこで、この本では「地味な植物の染色体も、実は動物の染色体の様に着飾れば、なかなかイケてるんですよ」ってことを「いやいや、動物の染色体では見られない様な事まであるんですよ」ってことを世に広めるために、「チャプタ1」では「プロが撮った写真」を使って、写真集的に「植物染色体の魅力」を存分にアピールしようと思う。「チャプタ2」では、この魅力的な染色体を「みなさんの手で、実際に観察する方法」を「高校授業級」、「研究室級」、「最先研究室級」に分けて解説しようと思う。