1. 植物は害虫による食害をどのように感知するのか~害虫認識の分子メカニズム~


植物は植食性昆虫認識において「食害と傷害」や「食害している昆虫種」を見分けていると考えられており、このメカニズムは興味深い課題となっています。現在までに、昆虫の唾液(吐き戻し液)に含まれる成分の重要性が報告されており、私たちもイネを食害する昆虫の唾液に含まれる成分に注目して昆虫認識機構の解析を進めています。これまでに、唾液に含まれる複数の分子や食害時に特異的に生じる植物由来の破砕成分が認識に重要な役割を果たすことを見出し、さらにこれら分子を植物が同時に複数認識することで昆虫に対する強固な防御反応が誘導されることが見えてきました。

関連する研究の紹介
1-1:イネを食害する害虫の唾液成分(吐き戻し液)による防御応答の誘導
1-2:食害時のイネ自己損傷に伴い産生する内生ペプチドを介した防御応答の活性化
1-3:イネはトビイロウンカの甘露(Honeydew)に含まれる微生物を認識し防御応答を誘導
1-4:作物の害虫監視分子システムの一端を解明

2. 害虫に対する植物の多様な防御戦略を読み解く


植物は植食性昆虫との攻防において、二次代謝物や揮発性物質などの多様な分子を駆使して抵抗性を示します。私たちは、食害されたイネのメタボローム解析から、抵抗性に寄与する二次代謝物としてフェノールアミドを新たに見出すとともに、生合成に関わる遺伝子を同定しました。また、食害時に放出される揮発性物質は食害する昆虫に対する天敵の誘引に関与することが知られており、食害を受けたイネから放出される揮発性物質の網羅的な解析を行っています。二次代謝物や揮発性物質の網羅的な解析より、食害する昆虫種に依存して防御応答の強度やパターンが異なることも見えてきています。また最近、害虫に対して物理的障壁となる植物構造の研究を進めており、イネの葉表層の微細な針状突起が、バッタなどの害虫による食害を抑える防御戦略に利用されていることを見出しています。

関連する研究の紹介
2-1:害虫食害時にイネが蓄積する二次代謝産物の網羅的解析
2-2:イネが害虫食害時に放出する揮発性物質の解析
2-3:害虫食害を抑える葉表層の微細構造を発見

3. 防御応答や環境応答を制御する細胞内シグナル伝達機構


植物が植食性昆虫を認識後、一連の防御応答を誘導するには、適切に制御された細胞内シグナル伝達システムが必要ですが、複雑なシグナル制御のメカニズムは現在も不明な点が多く残されています。私たちのグループでは、防御応答を制御する植物ホルモンとしてジャスモン酸やその関連物質およびエチレンを中心に解析を行っています。また防御応答に関わる二次代謝物の産生制御において鍵因子となる転写因子の同定を目指して研究に取り組んでいます。
 実際の外環境中では植物は害虫に対する防御を行うと同時に、水害や乾燥など非生物的なストレスや環境変化にさらされています。同時に対面する複数のストレスに適応するために、植物がどのように細胞内シグナル伝達を制御し、環境応答しているのか明らかにしていきます。

(a) 植食性昆虫の食害によりジャスモン酸(JA)の蓄積が誘導され、さらにジャスモン酸イソロイシン(JA-Ile)が産生される。ジャスモン酸イソロイシンはCOI1を介したJAZリプレッサータンパク質の分解を制御する。JAZリプレッサーの分解による転写制御の変化は植食性昆虫に対する防御応答の活性化を誘導する。(b) イネを食害する植食性昆虫フタオビコヤガ (Naranga aenescens Moore) (lepidoptera: Noctuidae)

3-1:イネの食害応答のオキシリピンによる制御機構の解析
3-2:イネの揮発性物質産生制御におけるエチレンの役割
3-3:食害と日夜にともなうイネの揮発性物質産生の異なる制御とオキシリピンの役割
3-4:イネのファイトアレキシン産生におけるJA前駆体OPDAの役割の解析

4. その他の研究


植物-昆虫間相互作用グループでは上記研究に加え、植物の耐虫性に関わる新規因子や遺伝子の探索や、作物の耐虫性向上に向けた新しいアプローチなどに展開しています。また、植物-昆虫間相互作用だけでなく、植物-微生物相互作用、植物免疫や、環境ストレス応答、成長制御など研究の過程で派生した関連分野の研究にも挑戦しています。