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-PMIの最近の研究業績から-
 ウイルスチーム(研究所HP, 研究成果一覧より転載)
     

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2015〜 

更新中。


 


ウイルス感染に対抗するRNAサイレンシング鍵酵素DCLの機能特異性を解説
Different Dicer-like protein components required for intracellular and systemic antiviral silencing in Arabidopsis thaliana
Andika, I.B., Maruyama, K., Sun, L., Kondo, H., Tamada, T. and Suzuki, N.
Plant Signaling & Behavior 10:8, e1039214,.
RNAサイレンシングは、植物の遺伝子発現制御やウイルスなどの外来核酸への防御に関与します。RNAサイレンシングの鍵酵素であるDicer-like protein (DCL)は低分子二本鎖RNAを産生しますが、モデル植物のシロイヌナズナでは4種のDCL(DCL1-4)が知られています。植物ウイルスは多くの作物で発生し問題となりますが、これらウイルスは最初に感染した細胞または器官で増殖し、細胞間移行を伴いながら徐々に感染領域を広げます。その後、維管束系へと侵入して長距離移行し、植物体全身へと感染が拡大していきます。したがって、植物のRNAサイレンシング防御機構は、局所および全身のレベルでウイルス感染に対抗する必要があります。私たちの先の成果(Andika et al., 2015)により、シロイヌナズナでは、DCL4がウイルスの局所感染に、DCL2がその全身移行の阻害に関与することを示唆しました。本論文では、ウイルスに対抗するDCLタンパク質のこのような機能特異性やDCL間での冗長性について議論いたしました。一連の成果は、植物の抗ウイルス機構の一端を紐解くものであり、ウイルスに対する抵抗性作物の開発上で重要な知見になると期待されます。

ダイサー遺伝子の発現誘導で活性化されたRNAサイレンシングによる別種ウイルス間の干渉効果
Highly activated RNA silencing via strong induction of dicer by one virus can interfere with the replication of an unrelated virus.
Chiba, S., and Suzuki, N.
Proceedings of the National Academy of Science, U S A 112, E4911?E4918. DOI:10.1073/pnas.1509151112. PNAS Plus.
ウイルス学での干渉とは、複数のウイルス間でおこる複製阻害のことです。通常、1種類のウイルスの異なる系統間でおこる現象です。強毒系統の複製と病徴発現を弱毒系統による干渉効果で抑制できることはよく知られており、弱毒系統をワクチン系統(微生物農薬)として商品化されています。干渉作用には、RNAサイレンシングが関与することが報告されています。RNAサイレンシングは、酵母からほ乳動物まで広く保存されている抗ウイルス防御反応の一種です。ウイルス由来の2本鎖(ds)RNAがDicer(様)dsRNA分解酵素により、21-26残基によって分解され、片方の鎖がAGO様1本鎖(ss)RNA分解酵素を主成分とするエフェクターに取り込まれ、ガイド役となり、標的分子の分解を導きます。本研究では、モデル糸状菌宿主であるクリ胴枯病菌を舞台で繰り広げられる異種ウイルス間で起こる干渉作用を紹介しました。尚、クリ胴枯病菌では、aglの遺伝子が4個、dclが2個ありますが、ウイルス防御に関与するのはagl2とdcl2のみであります。植物などで報告されているRNA依存RNA合成酵素の関与は認められていません。

私たちは、クリ胴枯病菌に様々なウイルスを感染させる技術を確立し、宿主・ウイルス間の相互作用を研究してきました。特に、RNAサイレンシングとウイルスの攻防は研究室の大きなテーマの一つです。その過程で非分節型dsRNAウイルスの一種であるRosellinia necatrix victorivirus 1 (RnVV1) が、RNAサイレンシング抑制蛋白質を欠損した(+)ssRNAウイルス、Cryphnectria parasitica 1 (CHV1-Dp69)あるいは12本の分節セグメントをゲノムにもつmycorevirus 1(MyRV1)により干渉作用を強く受けることが示されました。すなわち、干渉効果を持つウイルスが予め感染しているとRnVV1が水平伝染も複製もできなくなります。また、予めRnVV1が感染している菌に干渉作用をもつウイルスが侵入してくると、RnVV1の複製ができなくなり宿主から除去(ウイルスクリアランス)されました。これらの干渉にはdcl2, agl2の転写レベルの亢進が伴っていました。dcl2, agl2の転写レベルの亢進と干渉効果の関係をさらに調べるために、ウイルスに非感染でdcl2, agl2の亢進が認められる内在性遺伝子のヘアピンを発現する形質転体を作成しました。その形質転換体でもRnVV1に対する複製阻害が認められました。また、興味深いことに、干渉にはDCL2は必須であるが、AGL2は必ずしも必要ではないことが明らかとなりました。

本研究は、ゲノム塩基配列に左右されない広範囲のウイルス制御技術を考える上で大きな示唆を与えます。

ヴァイロコントロール因子として有望なRnMBV1の構造が明らかとなりました。
Megabirnavirus structure reveals a 120-subunit capsid formed by asymmetric dimers with distinctive large protrusions
Miyazaki, N., Salaipeth, L., Kanematsu, S., Iwasaki, K., and Suzuki, N.
Journal of General Virology 96: 2435-2441 (2015). doi: 10.1099/vir.0.000182
白紋羽病菌、Rosellinia necatrix は土壌生息性の植物病原子のう菌です。本菌は宿主範囲が極めて広く、日本の果樹をはじめとする多年生作物の根に感染し、甚大な被害をもたらします。他の土壌病害と同様にその防除は非常に困難で、農薬を用いた防除は可能であるものの膨大な費用と労力を要し、環境への影響も懸念されます。一方で、生物防除の一種であるヴァイロコントロール(ウイルスを用いた糸状菌病の生物防除)を目指したウイルス探索が1990年代後半から進められました。その結果、その中に本菌の病原力を低下させるウイルスが存在することが明らかとなりました。特に、2本の2本鎖RNAをゲノムにもつRosellinia necatrix megabirnavirus 1 (RnMBV1)は有望なヴァイロコントロール因子として注目を集めています。筆者らの研究により、RnMBV1のゲノムは2本の線状2本鎖RNA(dsRNA1 & dsRNA2)からなり、それぞれにORFが2つ座乗していることが示されました。dsRNA1のORF1, ORF2はキャプシド蛋白質(CP)とRNA依存RNA合成酵素(RdRp)をコードします。CPとRdRpはゲノム長のmRNAから翻訳されますが、RdRpはリボゾームの-1フレームシフトによりCPの融合蛋白質として少量発現されます。
この研究では、クライオ電子顕微鏡観察/3D再構成によりRnMBV1粒子の構造解析を行いました。粒子を感染白紋羽病菌から塩化セシウム平衡密度勾配遠心により、精製し、供試しました。その結果、15.7 Aの解像度で再構成粒子像が得られました。読者の中にも、宇宙船のような形態をとる細菌ウイルスをみて感動された方もいるかと思います。RnMBV1粒子も芸術的で、美しい姿をしていました。直径が52の球形粒子で、キャプシド(殻)は非対象のCPダイマー60(合計120分子)から構成されていました。粒子中には、ゲノムセグメント1つとRdRp分子数個存在すると推察されます。この構造は、他の2本鎖RNAウイルスと共通でした。大きなそして興味深い相違点は、RnMBV1粒子は幅~45 A、高さ ~50 Aのより大きな突起を120個粒子表面にもつことでした。2本鎖RNA粒子は通常、RNA合成に必要な酵素(RdRp, RNAヘリカーゼ、キャッピング酵素)を含んでいます。複製機構が詳細に解析されているトティウイルスでは、宿主mRNAのキャップ構造を盗み取る(キャップスナッチング)に関わる領域が粒子表面に存在します。RnMBV1の大きな突起がどのような機能を持っているかは不明です。今後の研究に期待するところです。

シュンランに発生する新規ウイルスの性状を明らかにしました
Cymbidium chlorotic mosaic virus, a new sobemovirus isolated from a spring orchid (Cymbidium goeringii) in Japan
Kondo, H., Takemoto, S., Maruyama, K., Chiba, S., Andika, I.B. and Suzuki, N.
Archives of Virology 160, 2099-2104 (2015)
ラン科植物は美しい花を咲かせることから,皆さん良くご存じだと思います.しかし,野生のラン科植物では,乱獲や生育環境の変化(破壊)で個体数が減少し,絶滅に瀕している種も少なくありません.一般に,ウイルス病はランを栽培する上で大敵ですが,稀少ランや自生ランなどの増殖や個体維持においてもウイルス感染は避けて通れない問題です.シンビジュウム属のシュンラン(春蘭,Cymbidium goeringii)はわが国や中国・韓国などに自生しますが,その栽培株で葉の退緑斑や株の萎縮症状を引き起こす球状ウイルス(粒子経約28nm)の発生が知られていました.このウイルスは,宿主範囲が非常に狭く,シンビジュウム属にのみ感染が知られており,その症状からシュンラン退緑班ウイルス (Cymbidium chlorotic mosaic virus, CyCMV)と命名されています.本研究では,CyCMV分離株の分子生物学的な特徴付を行いました.その結果,ウイルス粒子は,4,083塩基からなる一本鎖RNAゲノムとそれを包含する約30kDaの外被蛋白質で構成されていることがわかりました.そのゲノム構造とコードされる遺伝子の相同性検索並びに分子系統解析の結果から,CyCMVはソベモウイルス属の新たなメンバー(新種)であることが判明しました.なお,単子葉植物のソベモウイルスは、イネ科植物以外ではラン科植物が初めてとなります.また,得られた成果は,ウイルス病の遺伝子診断や発生生態の調査を進める上で有益な情報となります.

宿主ホスファチジン酸産生機構を利用した植物RNAウイルスの増殖戦略
Phosphatidic Acid Produced by Phospholipase D Promotes RNA Replication of a Plant RNA Virus
Kiwamu Hyodo, Takako Taniguchi, Yuki Manabe, Masanori Kaido, Kazuyuki Mise, Tatsuya Sugawara, Hisaaki Taniguchi, Tetsuro Okuno.
PLoS Pathogens 11(5): e1004909. doi:10.1371/journal.ppat.1004909 (2015)
   多くの植物RNAウイルスは子孫ウイルスを生み出すために、宿主細胞中の生体膜上にウイルス複製のための「工場」を形成します。しかしながら、生体膜の主要な構成成分であるリン脂質がウイルス複製にどのように関わるのかはほとんど分かっていませんでした。本論文では、red clover necrotic mosaic virus (RCNMV)をモデルウイルスとして、ウイルス複製に関わるリン脂質を同定し、その機能解析を行いました。すると驚いたことに、植物リン脂質の約1%程度しか存在しないホスファチジン酸(PA)というリン脂質が、ウイルス複製を促進することが分かりました。興味深いことに、RCNMVはPA産生の鍵酵素であるホスファリパーゼD(PLD)をウイルス複製の場にリクルートし、高いPA産生を誘導しました。PAのウイルス増殖における詳細な機能解析を行った結果、PAはウイルス複製酵素タンパク質に結合しウイルスRNA合成活性を高める性質を持つことも分かりました。以上のことから、PLDを「ハイジャック」することによってPAに富んだ(ウイルス複製に適した)細胞内環境を創出するという、強かなウイルス感染戦略が浮かび上がってきました。これを逆手に取る(ウイルスがPLDを利用する機構を阻害する)ことができれば、有用なウイルス抵抗性作物の創成につながると期待されます。

Virology 60周年(還暦)記念号に掲載された菌類ウイルス学の総説です。
50-Plus Years of Fungal Viruses
Ghabrial, S. A., Caston, J. R., Jiang, D., Nibert, M. L., and Suzuki, N.
Virology 479?480, 356?368 . doi:10.1016/j.virol.2015.02.034
  Virologyは1955年に発刊された最も歴史の古いウイルス学の国際誌のひとつです。今年、その雑誌が人間でいうところの還暦を迎えました。今では創刊されるオンライン雑誌が増える中、廃刊される雑誌もあります。英国あるいはアメリカの微生物学会が刊行するウイルス学の雑誌(Journal of General Virology あるいはJournal of Virology)よりも前に発刊されていたのには驚きです。そんな中で、還暦を迎える60周年記念号“Diamond” Special Reviews Issueの61の総説集の一つとしてマイコウイルス学の総説が掲載されました。

本稿では、分類、菌類ウイルス多様性、構造学、ウイルス感染による菌の病原力の衰退、最近の白紋羽病菌(日本)、ナタネ菌核病(中国)のヴァイロコントロールの取り組みまで網羅されています。菌類ウイルスは、殆どの読者の方には馴染みが薄いと思われます(実はウイルス研究者にとってもそうなのですが)。しかし、意外と知られざるウイルス学、生物学への貢献が大きいのです。例えば、複製、粒子構築の分子生物学的解析、宿主因子の同定はトティウイルスという菌類ウイルスを材料に進められ、その後のRNAウイルスの研究に大きな影響を与えました。その他にも色んなことが、本総説にはもりこまれており、楽しい読み物となっております。筆者らが研究しているクリ胴枯病菌・ウイルス系、あるいは果樹研(盛岡)・岡山大のグループが扱っている白紋羽病菌・ウイルス系も紹介されています。Robert Frost (1874~1963, The road not taken等が代表作)という有名な米国の詩人がいますが、彼の詩(“Evil Tendencies Cancel,” 1936年作)

Will the blight end the chestnut?
The farmers rather guess not.
It keeps smoldering at the roots
And sending up new shoots
Till another parasite
Shall come to end the blight.”

にクリ胴枯病菌のハイポウイルスによる生物防除の可能性を暗示する一行があり、その詩も紹介されています。通常、ウイルス学雑誌の総説でこういうことを紹介することはできませんが、60周年記念誌であり、許容範囲なのかと思います。Cryphonectria parasitica(子のう菌の1種)は世界3大樹病の一つであるクリ胴枯病の病原ですが、同時に多様なマイコウイルスの宿主であります。ウイルス・宿主相互作用研究のモデル糸状菌としての地位を確立しつつあり、本菌と植物ウイルスのモデル宿主であるN. benthamianaとの比較も興味深い内容となっています。ご一読下さい。

RNAサイレンシング欠損により誘導されるレオウイルスのゲノム再編成
Mycoreovirus genome rearrangements associated with RNA silencing deficiency
Eusebio-Cope, A., and Suzuki, N.
Nucleic Acids Research 43, 3802-3813. doi: 10.1093/nar/gkv239, 2015
  RNAサイレンシングは、短鎖RNAが関与して遺伝子発現を抑制する仕組みです。この機構は広く真核生物に保存されています。トランスジーン、トランスポゾン、ウイルス感染に対する防御機構として働きます。まず、長い2本鎖(ds)RNAがダイサーと呼ばれるdsRNA特異的酵素による切断を受け、短鎖(si)dsRNAを生じます。そのうちの一方の鎖がAGOを主成分とするRISCと呼ばれるエフェクターに取り込まれ、ガイド役を務め、標的となるmRNAに向わせ、その分解あるいは翻訳抑制を担います。
 筆者らは、3大樹病の一つクリ胴枯病の潜在的なヴァイロコントロール(ウイルスを用いた生物防除)因子の解析を進めてきております。レオウイルス科に属し、クリ胴枯病菌(子のう菌)の病原力を衰退させるマイコレオウイルスというウイルスもその中の1種です。レオウイルス科は最も大きな(色んな宿主に感染するメンバーを含む)科の一つで、15の属を持ち、病原としてまた基礎研究対象として重要なウイルスを含みます。科の特徴は、9?12本の分節dsRNAセグメントS1~S12)をゲノムに持ち、粒子は多重殻構造をとり、RNA合成工場と見なされる内殻にゲノムを包含することです。本論文では、マイコレオウイルス(MyRV1)のゲノム再編成がRNAサイレンシング欠損変異株で高率におこることを報告しました。ゲノム再編成は、RNA組換えの一種で、ゲノムの塩基置換を含む大きな欠失・伸長を指します。ウイルス進化の推進力の一つとなっています。
 本研究の端緒となったのは、MyRV1と1本鎖RNAをゲノムに持つハイポウイルス(CHV1)が共感染したときに、やはり高率でMyRV1のゲノム再編成が起こるという現象の発見です。その後、このゲノム再編成を誘導する活性がCHV1の多機能性蛋白質p29にあることが明らかとなりました。CHV1 p29には、ウイルス蛋白質の成熟に関与するプロテアーゼ、病徴決定因子、ウイルス胞子伝搬促進因子、RNAサイレンシンング抑制因子としての活性が同定されていました。今回の研究は、p29の再編成誘導活性はRNAサイレンシングの抑制と密接に関連することを強く示唆しました。すなわち、クリ胴枯病菌のRNAサイレンシングの鍵遺伝子(dicer-like gene 1, dcl2; argonaute-like gene 2)の欠損株では、p29発現体よりもさらに高率でゲノム再編成が生じることが示されました。S1~S3というウイルス複製に必要なセグメントのサイズが2倍に伸長する再編成がおきていました。また、非常に興味深いことに、dcl2欠損株ではagl2欠損株に比べ、再編成が生じるスピードが速いことが示されました。
 これらの結果は、ウイルスに対する免疫機構であるRNAサイレンシングがマイコレオウイルスのゲノムの安定性維持に転用されている可能性を示唆するものです。RNAサイレンシングの新たな、そして意外な機能の発見となりました。

ウイルスのモデル糸状菌宿主としてのクリ胴枯病菌
The chestnut blight fungus for studies on virus/host and virus/virus interactions: from a natural to a model host
Eusebio-Cope, A., Sun, L., Tanaka, T., Chiba, C., Kasahara, S., and Suzuki, N
lVirology. doi.10.1016/j.virol.2014.09.024, 2015
Cryphonectria parasitica(子のう菌の1種)は世界3大樹病の一つであるクリ胴枯病の病原ですが、同時に多様なマイコウイルスの宿主でもあります。本稿では、ウイルス・宿主相互作用研究のモデル糸状菌としての地位を確立しつつある本菌の特長、この系を舞台に進められた最近の研究例を概説し、さらに新たに確立した細胞内局在マーカーのデータを紹介しました。クリ胴枯病菌では、いまだ完全ではないですがアノテーション付きのゲノム配列情報も利用可能で、ゲノムの人工操作法(多重遺伝子破壊、遺伝子発現等)、各種ウイルスの精製粒子を用いた人工接種法、数は限られますが数種ウイルスに対する逆遺伝学が整備されています。関連する研究ツール・生物リソース(自然変異株、人工変異株)も比較的よく整備されています。また、本菌は、分類学上の目が異なる宿主菌(白紋羽病菌)に自然感染していた多くのウイルスの複製を許容します。「目立たないウイルスの複製を制御するDI-RNAとRNA サイレンシング」ならびに「RNAサイレンシングとウイルスRNAゲノムの組換え」というユニークな解析例も紹介しています。他の菌類(例えば、遺伝学のモデル糸状菌であるアカパンカビ等)と比較することで、実験ウイルス宿主としてのクリ胴枯病菌の優位性がよりはっきりと示されました。

根におけるウイルス-宿主鬩ぎ合いの一端を明らかにしました。
Differential contributions of plant Dicer-like proteins to antiviral defences against potato virus X in leaves and roots
Ida Bagus Andika, Kazuyuki Maruyama, Liying Sun, Hideki Kondo, Tetsuo Tamada, Nobuhiro Suzuki
Plant Journal 81, 781-793 (2015)
植物の根は、土を介して媒介される多くの土壌伝染性ウイルスの感染現場として重要です。しかし、宿主の抗ウイルス機構であるRNAサイレンシングが具体的に根でどのように貢献しているかはこれまで不明でした。本研究では、RNAサイレンシングの鍵酵素であるDicer-like protein (DCL)の根における役割に注目し、根における抗ウイルス機構の一端に迫りました。ジャガイモXウイルス(PVX)は野生タバコ(Nicotiana benthamiana)やナス科植物に全身感染しますが、根ではRNAサイレンシングでPVXの複製が抑制されます。そこで、野生タバコのDCLホモログ(NtDCL2-4)を解析したところ、NtDCL4が根におけるPVXの抑制に関与することが判明しました。一方、非宿主と考えられてきたシロイヌナズナでは、葉におけるPVXの複製をAtDCL4が抑制し、さらにPVXの地上部や根への全身移行には、AtDCL4に加えAtDCL2も貢献することが判明しました。以上から、根におけるPVXの抑制には、葉に比べるとより多くのDCL種が関与し、さらに冗長的に機能する可能性も示唆されました。本成果は、根におけるウイルス?宿主間の鬩ぎ合いを理解する端緒になり、土壌伝染性ウイルスに対する抵抗性作物を創成する上で重要な知見になると期待されます。

菌類の2本鎖RNAウイルスの解説です。
多様性に満ちた菌類の 2 本鎖 RNA ウイルス
千葉 壮太郎・鈴木 信弘
ウイルス64巻 225-238, 2015
これまて?に報告されている菌類ウイルス ( マイコウイルス ) の多くは 2 本鎖 RNA (dsRNA) をケ?ノム に持ちます. これは, 菌類て?は回収か?比較的容易なウイルス由来 dsRNA を指標にして探索か?行われてきたことと無関係て?はないてと思われます. 現在て?は, 様々な菌類, 特に植物病原菌類を対象にスクリーニンク?か?行われ, 宿主菌に対し病気を引き起こし宿主菌の植物に対する病原力を衰退させるマイコウイルスの分離・同定か?盛んに行われています. この背景には, 植物病原糸状菌による農作物の病害をマイコウイルスて?制する, いわゆるウ?ァイロコントロール ( ウイルスによる生物防除 ) を目指す研究の世界的流れか?あります. 病原性の有無に拘らす?, 多くの RNA ウイルスか?分離され, 多様性に満ちた菌類の dsRNA ウイルスの世界か?明らかになりつつあります. 2014 年現在, dsRNAマイコウイルスを包含するウイルス科は, 国際ウイルス分類委員会て? 6 科 (Reoviridae, Totiviridae, Chrysoviridae, Partitiviridae, Megabirnaviridae, Quadriviridae) が承認されています. これらのうち, 2科は日本のグループからの提案されたものです. 加えて, 未分類ウイルスのク?ルーフ?をすへ?て含めると, 近い将来科の数は倍増する見通して?す. 本稿て?は, 菌類から分離された多種多様な dsRNA ウイルスを最近の知見を交えて概説しました. ご一読あれ.

RNAウイルスの感染記録(ウイルス化石配列)の実験手法を解説しました。
Detection and Analysis of Non-retroviral RNA Virus-Like Elements in Plant, Fungal, and Insect Genomes
Kondo H, Chiba S, and Suzuki N
Plant Virology Protocols: New Approaches to Detect Viruses and Host Responses. Methods in Molecular Biology, Vol. 1236, pp73-88, 2015
2010年以降、非レトロタイプの「RNAウイルスの感染記録(ウイルス化石配列, それまで存在しないと考えられていた)」が多くの生物種の核ゲノム上に発見されました。現在、西アフリカで大きな問題になっているエボラウイルスに関しても、感染記録の解析から、その起源は数千万年前まで遡ると報告されています (Taylor et al. PeerJ 2:e556, 2014参照)。特に、次世代シークエンシング解析により多様な生物ゲノムが相次いで解読されていることから、現在問題となっている他の多くの動・植物RNAウイルスに関しても、その感染記録を紐解くことが可能になりつつあります。そこで本実験書(第7章を担当)では、これまで著者らが植物・菌類・昆虫の核ゲノム上で進めてきた、RNAウイルス類似配列(ウイルス感染記録)の「探索・検出方法」や「分子系統学的解析法」について、その詳細な手順を紹介しました。今後、新たなウイルス感染記録の解析が進むことで、それらの情報はRNAウイルスの進化を理解するためのツール:「分子物差し」になると期待されます。さらに、これらウイルス様配列のゲノム上での存在意義を理解することで、「ウイルスと宿主との共進化や鬩ぎ合いの歴史」についても議論が可能になるかもしれません。

2014

テンサイそう根病の病原ウイルス(BNYVV)の解説です。
テンサイそう根病の病原ウイルス(BNYVV)の進化と品種抵抗性
玉田哲男・近藤秀樹
植物防疫 68, 168-179, 2014
土を介して媒介される(土壌伝染性)ウイルスは多くの作物で問題になっています。その多くは、土壌中(根圏)に生息するネコブカビ(原生生物)によりウイルスが伝搬されます。ネコブカビ類媒介性のウイルスは約20種が知られていますが(Tamada & Kondo、 JGPP 2013参照)、そのうち、ネコブカビPolymyxa betaeにより媒介されるBNYVV(テンサイそう根病の病原ウイルス)はテンサイ(甜菜)の最重要病害のひとつとして知られています。本総説では、BNYVVの基本性状を紹介するとともに、本ウイルスの進化、系統と地理的起源、伝搬経過、抵抗性品種および抵抗性品種の罹病化について総合的に解説を行いました。筆者のひとり玉田元教授(岡山大資生研)は、テンサイそう根病の発生当初よりほぼ半世紀にわたって、本病の世界的発生拡大の現状に接しながら、ウイルス学的な研究にも携わってきました。このようにひとつの病害について、分子からほ場レベルまでの全体像が明らかにされた事例はそれほど多くないので、病害研究のケーススタディとして、他の病害研究の参考になると期待されます。特に、私達が進めているウイルスの病原性・伝搬性あるいは抵抗性の打破メカニズムの解析は、将来的には土壌伝染性ウイルスの制御技術の構築にも重要な知見になると思われます。

白紋羽病菌から分離された新規ハイポウイルス様1本鎖RNAウイルス。
A novel single-stranded RNA virus isolated from a phytopathogenic filamentous fungus, Rosellinia necatrix, with similarity to hypo-like viruses.
Zhang R, Liu S, Chiba S, Kondo H, Kanematsu S, and Suzuki N.
Frontiers in Microbiology, Vol. 5, 360.2014(doi: 10.3389/fmicb.2014.00360)
白紋羽病菌(Rosellinia necatrix)は土壌生息性の子のう菌で、本邦の果樹生産現場で非常に問題となっている植物病原糸状菌です。その防除は困難であることから、私共は農薬に代わる防除法として、生物防除の一種であるヴァイロコントロール(ウイルスを用いた糸状菌病の生物防除;VC)の開発を果樹研究所と共同で進めています。現在までにVCに資する有望な2本鎖RNAウイルスをはじめ、VCに適さないものの学術的に重要な新規RNAウイルスを多数分離し、詳細に解析してきました。現在も本防除法の核となる菌類ウイルスのハンティングを継続しており、今回の論文では、新しい特徴を持った1本鎖RNAウイルスの分離とその性状解析を報告しました。
  今回分離されたウイルスは、Fusarium graminearum virus 1 (FgV1)という既報のウイルスとの類縁関係が認められ、クリ胴枯病のVCに用いられたハイポウイルス科のメンバーとも進化的に遠縁であることが分かりました。約6.3kbのプラス鎖RNAゲノムは、2つの遺伝子を並列に保持しております。前方は複製関連酵素を、後方は比較的小さな機能未知タンパク質をコードすると推測されました。FgV1との間で、複製関連酵素保存領域で38-66%、機能未知タンパク質で20数%の配列相同性を示します。また、ゲノム3’末端には細胞由来mRNAのようにpoly(A)を持つほか、粒子を形成しない(菌類のウイルスではそんなに珍しいことではありません)ことも明らかとなりました。さらに、菌類トランスクリプトームのデータベース上には類似配列が多数発見され、FgV1と本ウイルスの2種以外にも関連ウイルスが存在する事が示唆されました。
  以上から、FgV1に近縁なウイルスをフザリウイルス(fusarivirus)と呼称する事とし、本ウイルスをRosellinia necatrix fusarivirus 1(RnFV1)と命名しました。残念ながらRnFV1にはVCに資する能力はありませんでした。しかし、ウイルスとしての新規性から、FgV1と共に新しいウイルス科(フザリウイルス科)の創設を提案することができました。RnFV1は、白紋羽病菌から分離された初めてのプラス鎖RNAウイルスとなりました。

ウイルス宿主としてのクリ胴枯病菌に関する総説です。
マイコウイルス宿主としてのクリ胴枯病菌~知られざるマイコウイルスの世界を紐解く新たな解析ツール~
鈴木信弘
ウイルス 64:11-24, 2014
菌類は未同定,未報告の種も含めると百万種を超えると言われる.そこにはそれらを宿主とする多種多様なマイコウイルス(菌類ウイルス)の世界も広がっています.ここ20年に渡る一握りのマイコウイルス研究から,精製したウイルスの粒子に感染性があることが証明されて人工接種法の開発されました(意外と思われるかもしれないが,菌類ウイルスの自然界での感染性が証明されたのは、2012年のことであります)。また、ウイルス研究に必要な他の技術革新ももたらされました.植物病原糸状菌の一種であるクリ胴枯病菌は,マイコウイルス研究のモデル宿主菌としての地位を確立しつつあります。本菌では,いまだ完全ではありませんがアノテーション付きのドラフトゲノム配列情報も公開され,関連する研究ツール・遺伝子改変技術もよく整備されています.また,最近になり,分類学上の目が異なる宿主菌(白紋羽病菌)に自然感染していた多くのウイルスが本菌で複製できることが判明し,マイコウイルス研究を進めるための実験宿主菌としての一面も併せ持つことも明らかになりました。本稿では,マイコウイルスの一般的な性状,クリ胴枯病菌の実験ウイルス宿主としての優位性を概説し,さらにクリ胴枯病菌を舞台に得られた最近の興味深い解析例,「目立たないウイルスの複製を制御するDI-RNAとRNA サイレンシング」ならびに「RNAサイレンシングとウイルスRNAゲノムの組換え」を紹介しました。気軽に読んでいただける読み物になっています。

目立たないパルティティウイルスの最近の研究の進歩と分類体系の再構築
Taxonomic reorganization of family Partitiviridae and other recent progress in partitivirus research
Nibert, M. L., Said A. Ghabrial, S. A., Maiss, E., Lesker, T., Vainio, E. J., Jiang, D. Nobuhiro Suzuki,N.
Virus Research 188, 128-141. doi.org/10.1016/j.virusres.2014.04.007, 2014
菌類ウイルスの研究者人口が増えてきたとは言え、未だ少なく、細々と研究しているグループが殆どです。研究対象である菌類ウイルスも人目につくことは稀で、目立たない存在と言えます。中でも、パルティティウイルスは、宿主に病気を引き起こすことが稀で、目立たないウイルスの代表格です。この総説では、この一群のウイルスの分類体系と最近の研究成果を紹介しました。パルティティウイルスは最も単純なウイルスグループの一つです。ゲノムは2本の分節型2本鎖RNAから成り、それぞれがキャプシド蛋白質とRNA合成酵素をコードします。ゲノムサイズも2つあわせても3 kbpから5 kbpに収まります。パルティティウイルスの宿主は、植物、菌類、原生生物に分かれます。原生生物からはこれまで1種類のウイルス(cryspovirus)しか報告されていませんが、植物あるいは菌類からは普遍的に見つかっています。前述のように、植物、菌類宿主では無病徴感染する例が殆どですが、菌類から見つかったウイルスの数例で宿主のコロニー性状を変えることが報告されています。これまでの分類は、宿主と粒子サイズに基づいていました。しかし、最近のパルティティウイルスのゲノム配列の分子系統解析結果から、5つクレードに分かれることが明らかとなりました。それらが新たな5つの属(Alpha- Beta- Gamma- Deltapartitivirus, Cryspovirus)を形成するという提案がこの4月に国際ウイルス分類委員会で承認されました。興味深いのは、Alphapartitivirus属、Betapartitivirus属には植物および菌類のパルティティウイルスが同居します。一つの科に植物ウイルスと菌類ウイルスがふくまれることはよくあることですが、一つの属にそれらが存在する例は極めて稀です。系統解析の結果は、未だ証明されていませんが両宿主で水平伝搬が起きていることを強く示唆します。本総説ではさらに、最近明らかになったメタゲノム解析、データベースからの発掘により明らかにされたパルティティウイルスゲノム、パルティティウイルスゲノムの植物ゲノムへの水平伝搬、原子レベルでの粒子構造解析、さらにはパルティティウイルスと類似の菌類ウイルス、植物ウイルスについて概説した。また、最後にパルティティウイルスにまつわる残された疑問も議論しました。 これを読むことでパルティティウイルス研究の現状と将来が理解でき、あなたもパルティティウイルスの専門家になれます。

ランえそ斑紋ウイルス(OFV)の遺伝子発現様式を明らかにしました
Transcriptional mapping of the messenger and leader RNAs of orchid fleck virus, a bisegmented negative-strand RNA virus
Hideki Kondo, Kazuyuki Maruyama, Sotaro Chiba, Ida Bagus Andika, Nobuhiro Suzuki
Virology 452-453: 166-174, 2014
ランえそ斑紋ウイルス(OFV)はラン科植物の重要病害の病原の一種です。このウイルスは2分節型のマイナス鎖RNA(mRNA活性を有しない相補鎖)をゲノムに持ち、RNA1には5種のタンパク質(N, P,ORF3, M, G),RNA2にはポリメラーゼ(L)をコードします。OFVの遺伝子の構造や構成は植物ラブドウイルス,特にヌクレオラブドウイルス属に類似しています(近藤, 2013ウイルス 63,43-154)。我々のグループでは、OFVの分子生物学を展開し、植物マイナス鎖RNAウイルスのモデル実験系を確立することを目指しています。  
 本研究では、その一環としてOFVの遺伝子発現様式を明らかにしました。まず、OFVの各遺伝子のmRNA(モノシストロニックに発現)を同定し、その末端配列をRACE法で決定しました。OFV mRNAの5'末端にはCapの存在が示唆され、さらにゲノムに存在しない1-4塩基のA配列の付加が認められました。それに続く転写の開始配列は最初の2塩基が保存されていました。一方、mRNAの3'末端には12塩基の保存配列[5'-AUUUAAA(U/G)AAAA(A)n-3']が存在し、100塩基以上のポリA配列が付加されていました。さらに,OFVゲノム鎖およびその相補鎖の3'末端leader配列(非コード領域)からはポリA末端を持つleader RNAが転写されることが示唆されました。これらの結果を受け,OFV mRNAの5'末端にどのように配列付加が生じるのか,さらにleader RNA転写物の役割について動物ラブドウイルス(狂犬病ウイルスなど)の知見と比較しながら議論を行いました。

白紋羽病菌の潜在的ヴァイロコントロール因子のゲノム再編成。
Genome rearrangement of a mycovirus Rosellinia necatrix megabirnavirus 1 affecting its ability to attenuate virulence of the host fungus.
Kanematsu, S., Shimizu, T., Salaipeth, L., Yaegashi, H., Sasaki, A., Ito, T. and Suzuki N.
Virology 451, 308-315. doi.org/10.1016/j.virol.2013.12.002 2014
RNAゲノムの再編成(欠失、伸長)はウイルスの多様化と進化の推進力となっています。この組換え機構の一つとしてウイルスRNA複製酵素の鋳型スイッチが考えられています。最近、筆者らのグループを含め、菌類の2本鎖RNAウイルスが研究室で高頻度でゲノム再編成を起こすことを明らかにしました。例えば、マイコレオウイルスという11本のdsRNAセグメント(S1?S11)を持つウイルスでは、S1 S2, S3, S6, S10で再編成が生じることが報告されました。今回の研究では、2本のdsRNAセグメント(dsRNA1, dsRNA2)をゲノムにもつRosellinia necatrix megabirnavirus 1 (RnMBV1)で見つかった再編成株を調べ、機能解析に繋げました。
主役のウイルスRnMBV1 の宿主は白紋羽病菌、Rosellinia necatrix で植物病原子のう菌です。RnMBV1は宿主菌を病気にし、多年性植物(果樹等)に対する病原力を衰退させます。従って、潜在的ヴァイロコントロール(ウイルスを用いた糸状菌病の生物防除)因子として注目されています。RnMBV1のdsRNA1にはキャプシド蛋白質とRNA合成蛋白質をコードするORF1, 2が、dsRNA2には機能未知の蛋白質をコードするORFが2つ座乗しています。精製RnMBV1を白紋羽病菌プロトプラストに導入し、再生したコロニーを調べた結果、低頻度ではありますが、再編成株(RnMBV1/RS1)が検出されました。RS1は正常なdsRNA1の他にdsRNA2よりもサイズが小さくなったdsRNAS1aあるいはdsRNAS1bを持っていました。dsRNAS1a、dsRNAS1b はサイズが若干異なるバリアントで、再編成を受けており、dsRNA1由来のRdRp のORF2を2コピーもっていました。しかしdsRNA2由来の配列はかけらも検出されませんでした。また、RnMBV1/RS1の出現を経時的にモニターすると、野生型ウイルスの粒子導入後、初めdsRNA1だけをもつウイルスが現れ、それを継代培養するとdsRNAS1a、dsRNAS1bが現れてきました。また、RnMBV1/RS1のゲノムRNAの蓄積量、感染白紋羽病菌の病原力を調べた結果、蓄積量は野生型ウイルスの70%程度に、病原力はウイルス非感染株に匹敵するくらい回復していました。
これらの成果は、研究室で維持する限り、RnMBV1のdsRNA2は複製に必須ではないが、効率的複製、宿主の病原力の衰退させるのに必要であることを示します。理由はよくわかりませんが、RnMBV1は2つのセグメントがあって、安定化するという居近江深い性状をもっているようです。また、RnMBV1の野外分離株すべてdsRNA2を持っていることから、自然環境中での生存にはdsRNA2は必要であることが示唆されます。これらの成果は、筆者らが開発した精製粒子を用いた人工感染法を用いることにより得ることが可能となりました。
尚、本論文はVirology のHighlight Article に選ばれました。

白紋羽病菌の潜在的ヴァイロコントロール因子がクリ胴枯病菌でも効果あり。
Biological properties and expression strategy of Rosellinia necatrix megabirnavirus 1 in an experimental host Cryphonectria parasitica.
Salaipeth, L., Chiba, S., Eusebio-Cope, A., Kanematsu, S. and Suzuki, N.
Journal of General Virology, 95 740-750. 2014
白紋羽病菌、Rosellinia necatrix は土壌生息性の植物病原子のう菌です。本菌は宿主範囲が極めて広く、日本の果樹をはじめとする多年生作物の根に感染し、甚大な被害をもたらします。他の土壌病害と同様にその防除は非常に困難で、農薬を用いた防除は可能であるものの膨大な費用と労力を要し、環境への影響も懸念されます。一方で、生物防除の一種であるヴァイロコントロール(ウイルスを用いた糸状菌病の生物防除)を目指したウイルス探索が1990年代後半から進められました。その結果、その中に本菌の病原力を低下させるウイルスが存在することが明らかとなりました。特に、2本の2本鎖RNAをゲノムにもつRosellinia necatrix megabirnavirus 1 (RnMBV1)は潜在的ヴァイロコントロール因子として注目を集めています。
この研究では、RnMBV1が白紋羽病菌とは分類学的に遠縁の子のう菌でウイルス/宿主相互作用のモデル糸状菌でもあるクリ胴枯病菌に感染し、しかも、その病原力を衰退させることを示しました。この結果は、RnMBV1がクリ胴枯病菌でも生物防除因子として機能する可能性を示唆します。しかし、RnMBV1の分生胞子への伝搬率が極めて低く、環境適応能の向上が課題となります。また、他の新知見も得られました。RnMBV1が菌類の抗ウイルス防御機構であるRNAサレンシングの標的になることを明らかにし、他方、これまで不明であったRnMBV1の遺伝子発現機構の一部を解明しました。RnMBV1の2本のゲノムはそれぞれが2つのORFを有し、別々に粒子に取り込まれます。キャプシド蛋白質(CP; 粒子の主要構造蛋白質)はdsRNA1のORF1にコードされています。今回、その下流のORF2(複製酵素をコード)が-1フレームシフティングにより翻訳され、CPとの融合蛋白質として発現されることを証明しました。また、この融合蛋白質が粒子に取り込まれることを示しました。
これらの成果は、筆者らが開発した精製粒子を用いた人工感染法を用いることにより得ることが可能となりました。

サギソウの病原ウイルスHaMVのゲノム配列を明らかにしました
Complete genome sequence of Habenaria mosaic virus, a new potyvirus species infecting a terrestrial orchid (Habenaria radiata) in Japan 
Kondo, H., Maeda, T., Gara, I.W., Chiba, S., Maruyama, K., Tamada, T. and Suzuki, N.
Archives of Virology 159, 163-166 (2014)
サギソウ(鷺草, Habenaria radiata)は湿地に生息する多年性のラン科植物で、花の唇弁がシラサギの様子に似ていることからご存じな方も多いと思います。しかし、乱獲や自生地である湿地の消滅や環境変化で個体数は減少しており、準絶滅危惧種に指定されています。現在、サギソウをはじめ野生ランの自生地の復元・保護活動(「植え戻し」と呼ばれる)が各地で行われていますが、これは人為的に増殖したランを植え戻すというものです。しかし、その増殖過程でウイルスに罹病する場合があり、もし気がつかないまま植え戻してしまうと自生地にウイルスを持ち込んでしまう危険性が指摘されています。これまで、サギソウの病原ウイルスとしては、サギソウモザイクウイルス(Habenaria mosaic virus, HaMV)とスイカモザイクウイルス(Watermelon mosaic virus, WMV)が知られていました。両者はポティウイルス属(Potyvirus)のメンバーと考えられますが、HaMVについてはゲノム情報が未解明のままでした。本研究では、このHaMVのゲノムRNAが9,499塩基からなり、3,054アミノ酸残基のポリ蛋白質をコードすることを明らかにしました。さらに、既知のポティウイルスとの配列相同性から、HaMVが新規のポティウイルス種であると結論しました。本研究の成果を踏まえ、サギソウのポティウイルスについて遺伝子診断体制を整備することにより、ウイルスをサギソウ自生地に蔓延させてしまうリスクを低減できると考えられます。

2013

「植物病原糸状菌を病気にするウイルス」の総説です。
クリ胴枯病菌と白紋羽病菌のウイルス ―病原力低下因子とヴァイロコントロール―
鈴木信弘
JATAFF ジャーナル 1(12) 2013
[内容紹介] クリ胴枯病菌は,ウイルスを利用した生物防除(ヴァイロコントロール)成功例の対象菌として注目されています。最近では,ウイルス/宿主相互作用を解析するためのモデル糸状菌としても注目されています。クリ胴枯病菌から分離されたウイルスのみならず他の菌から分離されたウイルスの解析も,整備されたツールを用いることで可能となっています。一方,白紋羽病菌は,ヴァイロコントロールを目指したウイルスハンティングの最前線となっています。1,000を超える日本産白紋羽病菌分離株からウイルス探索が行われ,10を超える新規のウイルスが発見され,中には,ヴァイロコントロール因子として有望視されるウイルスも見つかっています。本稿では,これら2つの宿主菌のウイルスに関する最近の知見とそれらを用いたヴァイロコントール(の取り組み)を紹介しました。

ランえそ斑紋ウイルス(OFV)の最新の総説です
分節型ゲノムを持つラブドウイルス
近藤秀樹
ウイルス. 63 143-154 (2013)
[内容紹介] ラブドウイルスは非分節型マイナス(?)鎖RNAをゲノムに持つモノネガウイルス目に所属し,ヒト,家畜,魚類,昆虫類,植物など多様な生物種に感染することが知られています(人畜共通のエマージングウイルスとして有名な狂犬病ウイルスもラブドウイルスの仲間です).ランえそ斑紋ウイルス(OFV)はオンシツヒメハダニにより媒介され,世界のラン科植物の栽培地域に広く分布しますが,発見当初から生物学的特性,粒子形態,細胞内所見の類似性などを根拠にラブドウイルスの一種と考えられていたました.その後の私達の研究により,OFVが2分節型の(?)鎖RNAをゲノムに持つことが判明しました(Kondo et al., 2006).さらに,OFVの遺伝子の構造や構成は植物ラブドウイルス,特にヌクレオラブドウイルス属に類似していることが示されています.本総説では,モノネガウイルスに類似するユニークな2分節型ウイルスのゲノム構造や遺伝子発現様式,さらに核内封入体(viroplasm)の誘導機構に関わる最近の知見やOFVの分類動向を紹介しました.是非ご一読下さい。

ベニウイルスの感染記録(ウイルス化石配列)を植物・昆虫ゲノム上で発見
Characterization of burdock mottle virus, a novel member of the genus Benyvirus, and the identification of benyvirus-related sequences in the plant and insect genomes.
Kondo, H., Hirano, S., Chiba, S., Andika, I.B., Hirai, M., Maeda, T. and Tamada, T.
Virus Research 177, 75-86 (2013)
[内容紹介] ベニウイルスは2-5分節からなるCap/Poly(A)型のプラス一本鎖RNAゲノムを持つ棒状の植物ウイルスです.タイプ種のBNYVVは主要作物のテンサイ(甜菜)に重要病害を引き起こすことで知られており,その他にテンサイのBSBMV,イネに感染するRSNVや本研究で明らかにしたゴボウ斑紋ウイルス(BdMoV、新規ウイルス種)が含まれます.また,淡水藻類の一種・シャジクモ類に感染するChara australis virus (CAV)の複製酵素はベニウイルスと類縁性を示すことが判明しています(Gibbs et al.,2011;オーストラリア国立大学との共同研究).我々はこれまでに,古のウイルス感染記録と考えられる非レトロRNAウイルス様配列(いわゆるウイルス化石配列)を植物の核ゲノム上に複数発見しています(Chiba et al., 2011; Kondo et al., 2013).それらのほとんどは、2本鎖RNAやマイナス鎖RNAをゲノムに持つウイルスに類似していました.そこで,本研究ではプラス鎖RNAウイルス類似配列の探索の一環として,上記BNYVV遺伝子配列をクエリとしてデータベースを検索しました.その結果,ベニウイルス複製酵素の類似配列が植物(ヒヨコマメ)と昆虫(サシガメ)の核ゲノム配列データ中に見出され,その一部はゲノミックPCRで配列断片の存在を確認しました.さらに,いくつかの植物や昆虫(キクイムシ)の転写物アッセンブリ配列データにもベニウイルス複製酵素の類似配列が見つかりました.以上から,核ゲノム上のウイルス様配列(化石配列)の存在は藻類ウイルスCAVよりも近縁なベニウイルス祖先種の植物や昆虫への感染イベントを示し,さらにウイルス様転写物はベニウイルスに類似したユニークなウイルスの存在を唆示します。

ネコブカビ類により媒介される土壌伝染性ウイルスの総説です。
Biological and genetic diversity of plasmodiophorid-transmitted viruses and their vectors(Review for the 100th anniversary)
Tamada, T. and Kondo, H.
Journal of General Plant Pathology 79, 307-320 (2013)
[内容紹介] 植物のウイルス病はアブラムシなどの昆虫類で伝搬されるものがよく知られています。一方で、土を介して媒介される“土壌伝染性のウイルス病”も主要作物で大きな問題になっています。土壌伝染性の場合、多くの病原ウイルスが土壌中(根圏)に生息するネコブカビと呼ばれる植物寄生性の原生生物により伝搬されます。ネコブカビ類で媒介されるウイルスとしては、ベニウイルス、フロウイルス、ペクルウイルス、ポモウイルスとバイモウイルスなどに属す約20種が知られています。これらのウイルスはすべて2-5分節のプラス一本鎖RNAを設計図(ゲノム)に持ち、ムギ類、テンサイ、ジャガイモなどの主要作物の重要病害の病原体が含まれます。一方、媒介者であるネコブカビ類としてはPolymyxa graminis、Polymyxa betae、Spongospora subterraneaが知られています。ウイルスを保毒したネコブカビは休眠胞子となって土壌中で長期間生存するので、発病した圃場は長期に亘りこれらの土壌伝染性ウイルスの発生に悩まされます。これまでにウイルス病を防ぐために多くの抵抗性品種の育成・導入が図られてきました。ちなみに、オオムギ縞萎縮病の強度抵抗性系統「木石港3」の発見とその抵抗性遺伝子を用いた抵抗性品種育成は当研究所に在籍された高橋隆平博士の業績(研究所紹介サイト)です。しかし、いくつかの土壌伝染性ウイルスはこの半世紀の間に世界の作物栽培地域に広く蔓延し、さらに宿主の抵抗性を打破するウイルス系統の出現も大きな問題となっています。本総説では、6種の主要な土壌伝染性のウイルス病について、その地理的分布、病原ウイルスや媒介菌の多様性、抵抗性品種の育成について総説いたしました。なお、本論文は日本植物病理学会の100周年を記念した総説の一つで、論文内の図は掲載号のカバーに採用されました。

マイナス鎖RNAウイルスの合成工場の誘導機構を明らかにしました
Orchid fleck virus structural proteins N and P form intranuclear viroplasm-like structures in the absence of viral infection.
Kondo, H., Chiba, S., Andika, I.B., Maruyama, K., Tamada, T. and Suzuki, N.
Journal of Virology 87, 7423-7434 (2013)
[内容紹介] ウイルスは設計図であるゲノム核酸を効率良く複製するために、ウイルス合成工場と呼ばれる細胞内オルガネラ膜由来の小胞やviroplasm(Vp)と呼ばれる封入体を誘導することが知られています。その合成工場がどのように誘導されるのかは一部のウイルスで報告されていますが、実際にどのようなウイルス因子が関与しているのかはあまりよく理解されていません。そこで、ランえそ斑紋ウイルス (OFV)という感染細胞の核内に巨大なVpを誘導する2分節型のマイナス鎖RNAウイルス(植物ラブドウイルスに類似)に着目し、Vp形成機構に関して研究を進めました。本研究では、まずOFV蛋白質をベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)葉で一過的に発現させ、その細胞核内の構造変化を電子顕微鏡で観察しました。その結果、ヌクレオキャプシド蛋白質Nとマイナー構造蛋白質Pを同時に発現させた場合に、核内にVp様構造が誘導されることが判明した。さらに、蛍光蛋白質タグ(GFP、dsRED)を用いた細胞内局在解析では、Nは主に細胞質に、P(核局在化シグナル・NLS配列をもつ)は核全体に分布しましたが、同時に発現させると両者は核内でVp様の局在パターンを示しました。BiFC解析(YFP断片の再構築で蛋白質間相互作用を調べる方法)では、Vp様領域でNとPの相互作用が確認されました。一般に、蛋白質のNLS依存的な細胞核への移行・蓄積には宿主のインポーチンと呼ばれる輸送因子が関わることが知られています。そこで、ベンサミアのインポーチンαホモログとの相互作用をBiFCで調べたところ、OFV のPとは相互作用が確認されましたが、PのNLS欠失変異体やNとは相互作用しませんでした。
 以上より、OFV のPはNと相互作用し、インポーチンα依存的にNの核への集積に関与することが判明し、さらにNと共にVp領域の形成にも必要であると考えられました。この成果は植物マイナス鎖RNAウイルスの複製・粒子形成機構を解明するための第一歩と考えられます。今後は、このVp誘導に対する宿主の応答反応やVpの機能面(ウイルス複製や形態形成の場)に関する研究を進める予定です。

キラーウイルスの仲間(ヴィクトリウイルス)に感染性有り。
A novel victorivirus from a phytopathogenic fungus, Rosellinia necatrix is infectious as particles and targeted by RNA silencing.
Chiba, S., Lin, Y.-H., Kondo, H., Kanematsu, S and Suzuki N.
Journal of Virology (2013), vol. 87, 6727-6738. doi:10.1128/JVI.00557-13. “Spotlighted”
[内容紹介] 感染させることが困難なウイルスの存在を皆さんはご存知でしょうか?10年前までは、菌類ウイルスではそれが当たり前と考えられていました。2本鎖RNAウイルスの複製機構、粒子構造、粒子構築の解明に大きな役割を果たして来たSaccharomyces cerevisiae virus L-A(酵母のキラーサテライトウイルスのヘルパー)についても、未だに再現性よい感染系がありません。このキラーウイルスが属するトティウイルス科(Totiviridae)は、酵母、糸状菌、原生動物に感染するウイルスをメンバーに持ちます。構成員に共通の特徴として、球状粒子(直径~40 nm)に単一2本鎖RNAゲノムを包含し、通常外被タンパク質と複製酵素を並列にコードすることが上げられます。そのうち、糸状菌を宿主とする構成員はヴィクトリウイルス属に分類され、数多くの種が報告されています。しかし、キラーウイルスの例のようにトティウイルス科では再現性の高いウイルス接種法が未確立で(一部の原生動物感染性のジアルディアウイルス例外を除く)、宿主域やウイルス間、ウイルス-宿主間の相互作用に関する知見は乏しいのが現状です。
 本研究では、白紋羽病菌W1029株から分離・同定された新規ヴィクトリウイルスRosellinia necatrix victorivirus 1 (RnVV1)の粒子トランスフェクション法を確立し、生物学的および分子生物学的性状を解析しました。RnVV1は、約5 kbpからなる非分節型の2本鎖RNAゲノムを持ち、複製酵素はUAAUGを介在配列とする翻訳停止・再開始機構により翻訳され、他のヴィクトリウイルスの複製酵素と34?58%の配列相同性を有していました(普遍的なヴィクトリウイルスと判明)。粒子を用いたトランスフェクションの結果、白紋羽病菌に加えてクリ胴枯病菌(マイコウイルス研究のモデル糸状菌)にRnVV1を持続感染させることに成功しました。すなわち,トティウイルス科ウイルスの宿主域を検定する実験系を初めて確立しました。その結果、RnVV1は白紋羽病菌では無病徴感染することが示されました。一方、クリ胴枯病菌ではRnVV1感染による表現型の変化は、RNAサイレンシング欠損株がでのみ認められ、野生型株では確認されませんでした。さらに、野生型株では、RnVV1の複製がRNAサイレンシングで顕著に抑制されること、ハイポウイルスとの共感染またはそのRNAサイレンシングによる抗ウイルス機構するサプレッサーp29の供給でRnVV1複製が上昇することが明らかとなりました。
 以上のように、本研究は、トティウイルス科構成員の粒子としての感染性を明らかにし、宿主域を実験的に拡大した最初の報告例となります。また、トティウイルスがRNAサイレンシングの標的となることも初めて明らかにしました

  


果樹類の重要病害である白紋羽病菌に感染するウイルスの総説です
Viruses of the white root rot fungus, Rosellinia necatrix.
Kondo H., Kanematsu, S. and Suzuki, N.
Advances in Virus Research 86, 177-214.
[内容紹介] 白紋羽病菌(Rosellinia necatrix)は土壌生息性の植物病原性糸状菌(子のう菌)で、その宿主は400を超える植物種です。特に、日本では果樹(ニホンナシ、リンゴ等)などの多年生作物に甚大な被害をもたらします。その被害額は長野県だけでも10億円にも上ると試算されています。有効な防除法としては、土壌を掘り起こし、1樹あたり50?200リットルの農薬を根元に注入するという手法がありますが、大変な労力とコストを必要とします。そこで、この手法に代わるものとして菌類ウイルスを利用した生物防除(ヴァイロコントロール)が松本直幸博士ら(元農環研)により提唱されています。彼らのグループはこれまでに、1000株以上の白紋羽病菌を日本各地から収集し、なんと20%もの分離菌株にウイルスが感染している事実を明らかにしました。その後、筆者らのグループも参画し、それらウイルスの性状解析を精力的に進めてきました。本総説では、これまでに性状解析が行われたウイルスを中心に据えて、菌の一般的性状、発生果樹園での菌の集団構造、周辺技術の進歩も詳しくまとめました。本菌からは10を超える新種ウイルスが見つかり、そのうち2種が新科に属することが国際ウイルス分類委員会(ICTV)に提案され、承認されています。近年、新興感染症のからみで人間と接触の可能性がある(小)動物から未知ウイルスの探索が盛んに行われていますが、菌類も、まさに、ウイルスハンティングの最前線と言えます。白紋羽病菌の研究は、ウイルス多様性、新規のウイルス粒子構造やウイルス遺伝子発現様式の発見につながりました。また、その中の2種はヴァイロコントロール因子(病原性糸状菌を弱毒化する)として有望であることが示され、現在それらの応用を目指した研究も進行中です。従来、菌類ウイルス/宿主としては、ウイルス/クリ胴枯病菌あるいはウイルス/パン酵母(S. cerevisiae)が主役を演じてきました。しかし、それらに加え、ウイルス/白紋羽病菌も菌類ウイルスの相互作用解析系の表舞台に上がってきました。尚、本研究は、果樹研の兼松博士との共同研究として行われました。

  

目立たないウイルスの複製・病原性を抑制するウイルス/宿主因子
Effects of defective-interfering RNA on symptom induction by, and replication of, a novel partitivirus from a phytopathogenic fungus Rosellinia necatrix
Chiba, S., Lin, Y.-H., Kondo, H., Kanematsu, S and Suzuki N.
Journal of Virology, vol. 87, pp 2330-2341. (2013) doi: 10.1128/?JVI.02835-12
[内容紹介]パルティティウイルス科の構成員は植物,菌類,原生動物に無病徴感染する「目立たない」ウイルスです。これらは、2分節型2本鎖RNAをゲノムにもち、それぞれのセグメントに複製酵素(RNA1)と外被タンパク(RNA2)をコードする最も単純なウイルスの一種と言えます。ところが、白紋羽病菌W57株から分離された新規パルティティウイルス(Rosellinia necatrix partitivirus 2, RnPV2)を解析した結果、2本のゲノムセグメントに加えRNA1由来の欠損干渉性RNA(defective interfering RNA, DI-RNA)を保有することが判明しました。
 本論文では、この半端なゲノムRNA(DI-RNA)による正規ゲノムRNAの機能阻害を自然宿主菌と実験宿主菌を用いて詳細に解析しました。まず、当研究室で開発した粒子トランスフェクション法により、DI-RNA保有ウイルス株RnPV2-DI(+)およびDI-RNAフリー株RnPV2-DI(-)を得ました。殆どすべての2本鎖RNA ウイルスは、人為的に接種することが困難です。この成果は、DI-RNAをパルティティウイルスから除去した初報告となります。次に、RnPV2-DI(+)の蓄積量はRnPV2-DI(-)に対して約400倍低く、ウイルス複製はDI-RNAにより顕著に抑制されることが示唆されました。実験宿主としてクリ胴枯病菌を用いたところ、類似の結果が得られました。さらに,クリ胴枯病菌のRNAサイレンシング欠損変異株(Ddcl-2)では、野生株に比べRnPV2の蓄積量はDI-RNAの有無に拘らず顕著に上昇しました。両者は、Ddcl-2で激しい病徴を引き起こしましたが、野生株および白紋羽病菌では無病徴感染するか極めて穏やかな病徴を引き起こしました。
 以上のように、パルティティウイルスの複製・病徴発現がDI-RNAと宿主RNAサイレンシングで顕著に抑制されることが初めて示されました。「目立たないウイルス」でも宿主に感知され、RNAサイレンシングという抗ウイルス防御反応の標的になるということが明らかになりました。

菌類に感染するマイナス鎖RNAウイルスをはじめて発見しました
Evidence for negative-strand RNA virus infection in fungi
Kondo, H., Chiba, S., Toyoda, K. and Suzuki, N.
Virology 435:201-209 (2013) Rapid Communications http://dx.doi.org/10.1016/j.virol.2012.10.002
[内容紹介] ウイルスは設計図としてDNAやRNAをゲノムに持ち、RNAウイルスはさらにプラス(+)鎖RNA、マイナス(-)鎖RNA(mRNAの相補鎖)、二本鎖RNAタイプに大別されます。このうち、(-)鎖RNAウイルスは、人、家畜、魚類、昆虫類などに広く発生し、狂犬病ウイルスやエボラウイルスなどのエマージェングウイルス(いずれもモノネガウイルスに分類される)が有名です。植物ではブニヤウイルスの仲間や狂犬病ウイルスと同じラブドウイルス科のウイルスなどが農作物に発生し問題になっています。一方、菌類(カビ)にも多様なRNAウイルスの存在が報告されていますが、その多くが二本鎖RNAウイルスや(+)鎖RNAウイルスであり、これまで(-)鎖RNAウイルスの存在は全く知られていませんでした。本論文では菌類の核ゲノムデータベースを網羅的に検索し、植物病原糸状菌であるうどんこ病菌(Erysiphe pisi)のゲノムにモノネガウイルスの複製酵素L遺伝子に類似した配列(いわゆるウイルス化石配列)を発見しました。これは、(-)鎖RNAウイルスが嘗て菌類に感染しその部分配列が宿主染色体に挿入されることを示唆します。さらに、植物病原菌(ダラースポット病菌, Sclerotinia homoeocarpa)の転写物データベースにL遺伝子の全長領域をカバーする長いウイルス様配列が見出され、(-)鎖RNAウイルスが現存することが強く示唆されました。また、これらの配列は、既知のモノネガウイルスとは明らかに異なりました。以上から、モノネガウイルスに類似したユニークな(-)鎖RNAウイルスが菌類に存在する(また嘗て存在した)と考えられます。なお、本論文は掲載号の“Highlighted Articles”の1つに選ばれました。 

  

コムギモザイクウイルスのRNAサイレンシング抑制遺伝子の機能ドメインを解析しました
Identification of amino acid residues and domains in the cysteine-rich protein of Chinese wheat mosaic virus that are important for RNA silencing suppression and subcellular localization
Sun, L., Andika, I.B., Kondo, H., Chen, J.P.
Molecular Plant Pathology14: 265?278. DOI: 10.1111/mpp.12002
[内容紹介]植物ウイルスは宿主の防御機構であるRNAサイレンシングを回避するためにRNAサイレンシング抑制遺伝子(RSS)をコードしています。いくつかのウイルスでは、システインリッチ蛋白質(Cysteine-rich protein: CRP)と呼ばれるRSSが知られています。本研究では、コムギの病原ウイルスであるコムギモザイクウイルス(Chinese wheat mosaic virus:CWMV)のCRPをモデルとして、そのRSS活性や細胞内局在性に関与するドメインを解析しました。その結果、CRPに共通するシステイン残基やモチーフ配列(Cys?Gly?X?X?His)はこの蛋白質の安定性やRSS活性に関与することが明らかになりました。CRP中央領域のコイルドコイルドメインは2量体形成に関わりますが、ドメイン内の3番目の7 残基反復にあるロイシンの変異はRSS活性に影響を及ぼしました。CRPのC末端側40アミノ酸残基はRSS活性には影響しませんが、両親媒性ヘリックス構造(amphipathic α-helical)を形成し、小胞体(endoplasmic reticulum:ER)への局在に関与すると推定されました。多くのRNAウイルスはER膜上で複製することが知られていることから、CRPのER局在性とCWMVの複製との関係性は今後興味がもたれる研究課題です。

ベニーウイルスのRNAサイレンシング抑制因子の特性
The benyvirus RNA silencing suppressor is essential for long-distance movement, requires both Zn-finger and NoLS basic residues but not a nucleolar localization for its silencing suppression activity
Chiba, S., Hleibieh, K., Delbianco, A., Klein, E., Ratti, C., Ziegler-Graff, V., Bouzoubaa, S. and Gilmer, D.T
Molecular Plant-Microbe Interactions 26,168-181(2013)
[内容紹介] RNAサイレンシングは真核生物に広く備わる機構で、配列特異的なRNAの分解や翻訳阻害、DNAのメチル化などによって標的遺伝子の働きを負に制御して(抑えて)います。これはウイルスに対する防御機構としても良く知られていますが、多くのウイルスが対抗策としてRNAサイレンシングを抑制するタンパク質(サプレッサー)を進化の過程で獲得してきました。こうしたサプレッサーはウイルスにより大きく性質が異なり、それらの性状解析からRNAサイレンシングの分子機構が少しずつ紐解かれてきました。本研究では詳細なサプレッサー解析がされていなかった、ベニーウイルス(Benyvirus, 土壌伝染性の防除の難しい植物ウイルス)から関連タンパク質p14を同定し、その機能解析を行いました。論文ではp14の変異ウイルスの接種や相補試験、局在解析など多面的なアプローチで、このクラスのサプレッサーの重要性と特性を報告しています。

2012

ハイポウイルスのプロテアーゼの紹介
Hypovirus cysteine proteases p29 and p48.
Suzuki, N.
In Handbook of Proteolytic Enzymes 3rd Edition. N Rawlings and G Salvesen (eds.). Elsevier, Academic Press, Oxford, UK ISBN: 9780123822192. (2012)
[内容紹介] ハイポウイルス科には1本鎖(ss)RNAをゲノムに持つ4種の構成員 (Cryphonectria hypovirus 1-4, CHV1-4) が含まれます。それらはすべてクリ胴枯病菌 (Cryphonectria parasitica)から分離されています。CHV1ゲノムには、2つのシステインプロテアーゼp29, p48がコードされ、ほかのウイルスのゲノムには1種類のシステインプロテアーゼがコードされています。本稿では、解析が進んでいるCHV1 p29, p48のプロテアーゼの活性中心、切断特異性、ほかのウイルスのホモログとの比較解析を概説しました。ウイルスタンパク質が多機能性を示すのは常識となっていますが、ハイポウイルスのプロテアーゼ、特にp29のそれは際立っています。本稿では、CHV1 p29, p48の多機能性(RNAサイレンシング抑制、病徴決定、ウイルス複製開始、異種ウイルスゲノム再編成誘導)について触れ、これまで得られた知見を紹介しました。

土壌媒介性ウイルスは根で効率的にRNAサイレンシングを抑制する
The cysteine-rich proteins of beet necrotic yellow vein virus and tobacco rattle virus contribute to efficient suppression of silencing in roots.
Andika, I. B., Kondo, H., Nishiguchi, M. and Tamada, T
Journal of General Virology 93:1841-1850. (2012)
[内容紹介] 植物ウイルスは,宿主の防御機構であるRNAサイレンシングを回避するためにRNAサイレンシング抑制遺伝子(RSS)をコードしています。しかし、RSSの根における働きは詳しく調べられていませんでした。そこで、Nicotiana benthamiana(野生タバコの一種)を用い各種プラス鎖RNAウイルスのサイレンシング抑制能を調べたところ、1)葉・根ともに抑制活性を示す(TMV,PVY,CMV)、根だけで抑制活性を示す(BNYVV,TRV)、何れでも活性を示さない(PVX,ORSV)に大別されました。これらのウイルスが感染した根では、ゲノム鎖RNA対して相補鎖(?鎖)RNAの蓄積が極端に低いことが判明しました。BNYVV,TRV をPVXと混合感染させると、PVX-鎖RNAの蓄積が上昇し、この効果はBNYVV,TRVがコードするRSS(抑制活性が比較的弱い)をPVXベクターで発現させた場合にも確認されました。また、同様な効果は既知のRSS、HC-ProやP19でも示されました。以上から、BNYVV,TRVのRSSは葉に比べ根で効率的にRNAサイレンシングを抑制することがわかりました。このことは、土壌菌類と線虫で媒介されるBNYVV,TRVが、感染の場である根で効率良くサイレンシングを抑制している可能性を示唆しています。

マイコレオウイルスで発見された特異なゲノムの変異
Mycoreovirus genome alterations: similarities to and differences from rearrangements reported for other reoviruses.
Tanaka, T., Eusebio-Cope, A., Sun, L., and Suzuki, N..
Frontiers in Virology 3 (186) 1-8. doi: 10.3389/fmicb.2012.00186. (2012)
[内容紹介] レオウイルス科は最も大きな(色んな宿主に感染するメンバーを含む)科の一つで、15の属を持ち、病原としてまた基礎研究対象として重要なウイルスを含みます。科の特徴は、9?12本の分節dsRNAセグメントをゲノムに持ち、粒子は多重殻構造をとり、RNA合成工場と見なされる内殻にゲノムを包含することです。マイコレオウイルスも15の属の一つで、クリ胴枯病菌に感染するウイルス2種(Mycoreovirus 1 & 2)さらに白紋羽病菌に感染するウイルス1種(MyRV3)がこの属に含まれます。この属では他のレオウイルス科では認められない3つのタイプの変異が見つかり、大きな話題となっています。この総説では、風変わりな3種の変異について紹介しました。尚、掲載された雑誌(Frontiers in Virology)は、双方向性の「顔」の見える査読制度を取り入れたオンラインオンリー、オープンアクセスジャーナルです。
  一つ目はMyRV3で、自然分離株に12本あったゲノムセグメント(S1-S12)が研究室継代中にS8が消失し11本に減少する変異です。宿主菌を人口培地で培養する限り、変異株の複製、病徴発現に影響を及ぼしません。レオウイルスでは内部欠失変異(後述)は多数見つかっていますが、その場合は末端配列を維持した短いセグメントが粒子化、転写され、維持されるゲノムセグメントの数に変化がありません。S8が完全に消失する点が他のレオウイルスと異なります。この解釈として、S8は自然界でウイルス生活環には欠かせない機能(例えば、媒介生物による水平伝搬)を担うのではないかと考えられています。
 2つ目は、異種ウイルスのタンパク質がMyRV1のゲノム再編成(一種のRNA組換えで、大きな欠失、伸長を含む変異)を誘導する現象です。これまでも、他のレオウイルス、特に、ヒトに下痢を引き起こすロタウイルスあるいは植物病原性レオウイルスでゲノム再編成の例が多数報告されています。しかし、それらの場合、他のウイルスが関わらず、レオウイルスが宿中細胞あるいは個体中で増殖する過程で再編成が生じます。MyRV1の再編成は、異種の一本鎖RNAウイルス(ハイポウイルス、CHV1)との混合感染、あるいはCHV1の多機能性タンパク質p29の発現により、誘導される点が他の例と大きく異なります。これまで半数以上のMyRV1セグメントに再編成が導入され、変異セグメントを利用した機能解析に用いられています。また、その誘導機構の解析も進められており、今後の進展が楽しみです。
 3つ目は、MyRV1で得られた2つのセグメントのORFを欠失した変異です。この変異株はS4とS10にコードされたORFの約80%の内部欠失をそれぞれ持つウイルス変異株2種の遺伝子再集合(リアソータント)により作成されました。リアソータントについては、インフルエンザが新しいNA(ノイラミニダーゼ)型あるいはHA(ヘマグルチニン)型の組み合わせが出現するときの機構です。ウイルスは最も小さいゲノムを持つ不完全生命体です。そのウイルスの11の遺伝子産物の中で、2つが欠損してもウイルス複製がほぼ正常に行われるとは大きな驚きとしてとらえられています。

新しい科のウイルスの発見です
A novel quadripartite dsRNA virus isolated from a phytopathogenic filamentous fungus, Rosellinia necatrix.
Lin, Y.-H., Chiba, S., Tani, A., Kondo, H., Sasaki, A, Kanematsu, S and Suzuki N.
Virology 426-42-50. (2012)
[内容紹介]  国際ウイルス分類委員会の第9次報告書が今年出版されましたが、そこでは87の科が認知されています。その中で菌類に感染するウイルスの科は12含まれています。本論文では、植物病原糸状(子のう菌)である白紋羽病菌Rosellinia necatrixから、ゲノムが4分節dsRNAセグメントから成る新しい球状ウイルス(直径45 nm)を 同定しました。このウイルスをRosellinia necatrix quadrivirus 1と名付け、新規の科(Quadriviridaeを提唱)を構成するウイルスとして、国際ウイルス分類委員会へ提案しております。本ウイルスが新しい科の代表種とするにふさわしいことは、複数の粒子構造蛋白質が存在すること(他の4分節のウイルスでは 報告例がない)、他の科のウイルスとは系統学的に異なることから明らかです。分類を他の界の生物と単純に比較はできないと思いますが、植物に当てはめるとアブラナ科、マメ科等とは異なる新しい科に属する新種の植物が見つかったと同じようなインパクトの発見です。 

2011
 

レオウイルスの文法書です
Family Reoviridaes
Attoui, H. 他32 名
Virus Taxonomy: Ninth Report of the International Committee for the Taxonomy of Viruses. A. M. Q. King et al., eds. Elsevier, Academic Press, NY. (2011)
[内容紹介]  第9次国際ウイルス分類委員会の報告書が出版されましたが、その中のレオウイルス科の章を分担執筆しました。国際ウイルス分類委員会はウイルス学を語る際の文法(統語法、命名法等)を規定ために、研究者間で議論します。委員会はいやそれだけに留まらず、ウイルス名に対する一般市民からの異議申し立てまで取り扱います。例えば、皆さんに馴染みのあるノロウイルスに対して、野呂さんがウイルス名の変更を委員会に要請されたのは最近のことです。余談はさておき、2005年に出版された8次報告書では、認知されたウイルス目、科、亜科、属、種の数は3, 73, 9, 287, ~1950でしたが、今回はそれらが、 6, 87, 19, 349, ~2300種にも増えました。ウイルスは分子生物学的多様性が最も高い生物なので、標準語が通用する場合となまり言葉しか通用しない場合があります。どのように属、種が規定するかはそれらが属する目、科により大きく異なってきます。ウイルスの分類は、研究者にとって大変重要な意味を持ちます。研究材料とするウイルスがAという種の一系統なのかあるいはBといいう種なのかは大きな関心事項です。上げた成果が属として、種として、あるいは系統として初めてなのかで自ずとその科学的インパクトは大きく異なります。
筆者が分担執筆した章ではレオウイルスという最も大きな科の一つの分類体系を記載しました。レオウイルス科の特徴はゲノムに9-12本の分節dsRNAを持つこと、粒子が多重殻構造をとること、さらに内殻がRNA合成ナノ装置として機能することです。この科のウイルスはキャッピング構造あるいは昆虫媒介性の発見(日本人による)につながった歴史的なウイルスが含まれます。

シャジクモに感染するウイルスのユニークなゲノム構造が明らかになりました
The enigmatic genome of Chara australis virus
Gibbs AJ, Torronen M, Mackenzie AM, Wood JT, Armstrong JS, Kondo H, Tamada T, Keese, PL
Journal of General Virology 92:2679-2690. (2011)
[内容紹介]  シャジクモは池や沼に生息する藻類で、節間細胞が巨大なことから原形質流動の観察や細胞膜電位の実験に用いられることでも知られています。このシャジクモの1種であるオーストラリアシャジクモ(Chara australis)には、古くから棒状ウイルスの感染が知られていました(Gibbs et al., 1975)。本研究では,Chara australis virus (CAV)と命名したこのウイルスの末端領域を除くゲノムRNA配列を決定し、少なくとも4種のORFを同定しました。相同性検索の結果、ORF1は植物ウイルスであるBenyvirusの複製酵素、ORF2は動物ウイルスのPestivirusのヘリカーゼ, ORF4は植物ウイルスのTobamovirusの外被蛋白質CPにそれぞれ類似性を示し、相同性の認められなかったORF3も植物細胞間移行蛋白質(MP)と推定されました。この様なCAVのユニークなゲノム構造は、藻類ウイルスや植物ウイルスの進化を理解する上で大変興味深い情報の一つと考えられます。

マイコレオウイルス属を紹介しました
The genus Mycoreovirus
Suzuki, N., and Kanematsu, S
The Springer Index of Viruses, 2nd Edition C. Tidona, C. Buchen-Osmond, G. Darai (eds.) Springer, Heidelberg, Germany. (2011)
[内容紹介]  レオウイルス科は、ゲノムとして分節2本鎖RNAセグメント(9-12本)持つ一群のウイルス構成員からなります。最も大きい科の一つで、哺乳類をはじめとする脊椎動物、無脊椎動物、植物、カビに感染するメンバーが含まれます。科に共通の他の特徴として、粒子が多重殻構造をもつ球形の形態をとり、内殻にはmRNA合成に必要な酵素がすべて内包されています。しかし、対応する遺伝子間の配列、外殻の構造、宿主との相互作用はウイルス属間で大きく異なります。本稿では、レオウイルス科の1属 マイコレオウイルス属を紹介しました。本属は3種のメンバー(マイイオレオウイルス1、2、3)を持ちます。すべて植物病原子のう菌から見つかっています。これらのウイルスのゲノムセグメントの機能についての現在まで得られている知見を概説しました

植物染色体に挿入された非レトロRNAウイルスの化石配列
Widespread endogenization of genome sequences of non-retroviral RNA viruses into plant genomes
Chiba, S.*, Kondo, H.*, Tani, A., Saisho, D., Sakamoto, W., Kanematsu, S., and Suzuki, N.
PLoS Pathogens 7: e1002146.doi:10.1371/journal.ppat.1002146 (2011)
[内容紹介]  DNAウイルス、レトロRNAウイルスや類似のパラレトロウイルス(逆転写酵素をもつDNAウイルス)の配列が宿主の染色体に挿入される現象はよく知られていましたが、非レトロRNAウイルス配列(NRVS)は挿入されないと考えられていました。我々は,白紋羽病菌から分離された新規2本鎖RNAウイルス(パルティティウイルス科、非レトロRNAウイルス)の性状解析の過程で,パルティティウイルスの外被蛋白質遺伝子の類似配列が少なくとも9科に及ぶ植物のゲノム上に存在することを発見しました。さらにNRVSの探索を進めた結果,マイナス鎖RNA ウイルス(ラブドウイルス科とバリコサウイルス属)およびプラス鎖RNAウイルス(ベータフレキシウイルス科)類似の配列が主要な科(アブラナ科、ナス科、イネ科、マメ科など)の核ゲノム配列データベース中に見つかりました。これらNRVSの多くはゲノミックPCRとサザン解析により植物染色体上に存在することが確認されました。各種植物での保存パターンと系統解析により,これらの核ゲノム上のNRVSはウイルスから植物へ水平伝搬したことが示唆されました。また、NRVSはこれまで不明であった植物種の系統関係を明らかにするのに、さらには核ゲノム配列を構成する要素として注目に値します。一連の研究で見いだされた植物および菌類RNAウイルスに類似したNRVSは,植物およびウイルスの進化,植物/ウイルス相互作用、共進化の一端をひもとく上で有効な情報になると期待されます。今後はNRVSの発現、機能解析を進める必要があります。本論文は掲載号の“Featured Research”に選ばれました。本研究は、所内(最相博士、坂本博士)および所外(果樹研、兼松博士)共同研究として行われました。    

別種ウイルスの多機能タンパク質により誘導されるレオウイルスの再編成株―続編
Rearrangements of Mycoreovirus 1 S1, S2, and S3 induced by a multifunctional protein
Tanaka, T., Sun, L., Tsutani, K., and Suzuki, N.
Journal of General Virology, 92, 1960-1970(2011)
[内容紹介]  マイコウイルス(菌類ウイルス)は菌類の主要な分類群から広く報告されている.特に近年のウイルス探索の結果,新しいマイコウイルスが次々と報告され,新規のウイルスゲノム構造,遺伝子発現様式,粒子構造の発見を齎しました.また,同時にウイルスの多様性,進化の理解へと繋がりました.マイコウイルスの多くは2本鎖RNAをゲノムにもつ球形ウイルスですが,粒子化されない1本鎖RNAウイルスも多く見つかっています.自然界では,マイコウイルスは宿主菌の細胞分裂,細胞融合,胞子形成により水平・垂直伝搬するが,細胞外からの伝搬・侵入経路は知られていません.マイコウイルスの多くは無病徴感染をするが,一部のウイルスは宿主菌に病徴を惹起し,巨視的表現型の変化を齎す.マイコウイルスが植物病原菌の病原力を低下させる場合は,ウイルスを利用した生物防除(ヴァイロコントロールと提唱[近藤1]<#_msocom_1> )が試みられています.ヨーロッパではクリ胴枯病菌のヴァイロコントロールの成功例があり,一方,日本でも果樹の白紋羽病菌を標的としたヴァイロコントロールが試みられています.本稿では,マイコウイルスの一般的性状を概説し,ヴァイロコントロール,さらにはそれに関係するウイルスについて紹介しました.

マイコウイルスの面白みを堪能頂ける総説です
マイコウイルスとヴァイロコントロール
千葉壮太郎 近藤秀樹 兼松聡子 鈴木信弘
ウイルス(2010)60 163-176
[内容紹介]  マイコウイルス(菌類ウイルス)は菌類の主要な分類群から広く報告されている.特に近年のウイルス探索の結果,新しいマイコウイルスが次々と報告され,新規のウイルスゲノム構造,遺伝子発現様式,粒子構造の発見を齎しました.また,同時にウイルスの多様性,進化の理解へと繋がりました.マイコウイルスの多くは2本鎖RNAをゲノムにもつ球形ウイルスですが,粒子化されない1本鎖RNAウイルスも多く見つかっています.自然界では,マイコウイルスは宿主菌の細胞分裂,細胞融合,胞子形成により水平・垂直伝搬するが,細胞外からの伝搬・侵入経路は知られていません.マイコウイルスの多くは無病徴感染をするが,一部のウイルスは宿主菌に病徴を惹起し,巨視的表現型の変化を齎す.マイコウイルスが植物病原菌の病原力を低下させる場合は,ウイルスを利用した生物防除(ヴァイロコントロールと提唱 )が試みられています.ヨーロッパではクリ胴枯病菌のヴァイロコントロールの成功例があり,一方,日本でも果樹の白紋羽病菌を標的としたヴァイロコントロールが試みられています.本稿では,マイコウイルスの一般的性状を概説し,ヴァイロコントロール,さらにはそれに関係するウイルスについて紹介しました.

イネのウイルスが昆虫ウイルスから進化した?
Rice dwarf viruses with dysfunctional genomes generated in plants are filtered out in vector insects -implications for the virus origin.
Pu, Y., Kikuchi, A., Moriyasu, Y., Tomaru, M., Jin, Y., Suga, H., Hagiwara, K., Akita, F., Shimizu, T., Netsu, O., Suzuki, N., Uehara-Ichiki, T., Omura.
J. Virol(2011). 85, 2975?2979. doi:10.1128/JVI.02147-10
[[内容紹介]  イネ萎縮ウイルスは動物界(ヨコバイ、媒介昆虫)と植物界(イネ)の両方に宿主を持ちます。そのゲノムは12本の分節2本鎖RNA(S1-S12)からなります。この研究では、それぞれの宿主で長期間継代したウイルスの集団遺伝学的解析を行い、RDVの起源を考察しました。イネのみで継代するとS2,S10にフレームシフト、ナンセンス変異等による欠損変異が時間と経過とともに蓄積し、6年間継代したウイルスは昆虫培養細胞での増殖能も、媒介される能力も消失しました。一方、ヨコバイ培養細胞で継代した場合は、欠損変異は認められませんでした。これらの結果を裏付けるように、S2, S10にコードされる蛋白質(P2、Pns10)は、6年間イネで維持したRDVでは検出されず、昆虫細胞で継代したRDVでは検出されました。興味深いことに、イネで3年あるいは5年間継代したウイルスをヨコバイ細胞、個体で増殖させると、欠損ウイルスから野生型ウイルスへの優占集団の速やかな変化が認められました。また、昆虫細胞で長期間継代したウイルスはイネへの感染能を失うことはありませんでした。RDV P2、Pns10は植物宿主では不要であるが昆虫宿主では必須であること、そしてそれらをコードするS2, S10は異なる宿主で異なる選択圧を受けていると考えられました。これらの結果は、RDVの先祖ウイルスが昆虫ウイルス由来で、進化の過程で植物への感染能を獲得したと推察されます。RDVがイネでは種子伝染できない上、昆虫宿主では高率に継卵伝染するという事実もこの仮説を支持します

植物RNAウイルスの進化の一端を明らかにしました
The Evolutionary History of Beet necrotic yellow vein virus Deduced from Genetic Variation, Geographical Origin and Spread, and the Breaking of Host Resistance.
Chiba, S., Kondo, H., Miyanishi, M., Andika, I. B., Han, C.G. and Tamada, T.
[掲載誌] Molecular Plant-Microbe Interactions 24, 207-218 (2011)
[内容紹介] BNYVVはテンサイのそう根病を引き起こすウイルスとして世界的に問題とされています。BNYVVゲノムは4〜5種のプラス一本鎖RNAで構成されますが、本研究では世界中から採集した73分離株についてRNA3-p25,RNA4-p31,RNA2-CPおよびRNA5-p26遺伝子を解析しました。その結果、BNYVVは東アジアを起源とし、比較的近年に栽培テンサイの病原ウイルスとなり,抵抗性品種の栽培に伴い抵抗性を打破する新しい変異株が出現したと推定されました.この様にウイルスの進化を理解することは、ウイルスに負けない有用作物を作出するための基礎になると考えられます.

2010

シロイヌナズナのマイクロRNA395のストレス応答での新たな機能分担の発見
Over expression of microRNA395c and 395e affects differently the seed germination of Arabidopsis thaliana under stress conditions.
Kim, J. Y., Jung, H. J., Lee, H. J., Maruyama, K., Suzuki, N., and Kang,, H.
[掲載誌]Planta 232, 1447-1454. (2010)
[内容紹介] マイクロRNA(miRNA)はmRNA分解あるいは翻訳抑制に関わる短いRNA(21塩基程度)で、植物の生育、発生、ストレス応答で重要な役割を担うことが知られています。しかし、何百と報告されているmiRNAの中でその役割、標的が明らかにされているのは限られます。シロイヌナズナのmiRNA395は6種(a-f)のメンバーを持つファミリーです。これまで、miRNA395ファミリーはATPスルフリラーゼ(APS: ATPのリン酸を硫酸に置換する酵素)と硫酸輸送体(SLTR2;1)の発現制御に関与することが知られていました。しかし、個々のmiRNA395メンバーの機能分担・重複については不明でした。この論文では、miRNA395c, miRNA395eの標的の同定と非生物ストレス下での生育への影響を調べました。高ストレスあるいは乾燥ストレス下で、配列が1塩基異なるmiRNA395cとmiRNA395eの高発現は種子の発芽を各々遅延、促進するという相反する作用を持っていました。また、miRNA395cとmiRNA395eの高発現体での標的(APS1, APS3, APS4,SLTR2;1)特異性が異なっていました。これらの結果は、同じmiRNAファミリーに属するメンバーでも、ストレス条件下で反対の生物的作用を招くことを示唆します。

蘭のウイルス研究で名古屋国際蘭会議賞を受賞
ラン科植物に発生するポチウイルスの外被蛋白質遺伝子の同定と分子系統学的解析
近藤秀樹・I Wayan Gara・前田孚憲・丸山和之・松本純一・井上成信・鈴木信弘
[掲載誌] 名古屋国際蘭会議2010記録 10-15
[内容紹介] Potyvirus属は植物ウイルスの属で最大で,農業生産上最も被害をもたらすウイルス群の一つです.ラン科植物ではPotyvirusの記載は27種以上と最も多く,我が国では7種のPotyvirusが報告されています.しかし,遺伝子情報がほとんどないため,ウイルスの正確な診断や分類は困難でした.そこで,ランのPotyvirusの外被蛋白質(CP)遺伝子の塩基配列解析を進め,4種が新規 Potyvirus種であること,一種が新病害を引き起こすウイルスであることを示しました.この成果は、ランのPotyvirusの発生実態の解明やその被害の軽減につながると期待されます.特に,エビネ属植物の一部やサギソウ,ウチョウランといった我が国の稀少なランに,栽培環境下でPotyvirusの感染が示唆されたことから,これらの植物を栽培する場合,あるいはそれらを自生地へ植戻す場合などには,ウイルスを拡散(蔓延)させないよう十分留意する必要があると考えられます. 本研究成果は、去る3月11日に開催された名古屋国際蘭会議2010においてNIOC賞を受賞いたしました.高円宮妃殿下ご臨席のもと受賞記念講演会が行われ,その後、名古屋ドームで開催された「あいち花フェスタ・フラワードーム2010」にて関連ポスターが展示されました.なお、本研究は日本大学との共同研究として行われました.

新たなマイコレオウイルス1の再編成株を発見
Mycoreovirus 1 S4-coded protein is dispensable for viral replication but necessary for efficient vertical transmission and normal symptom induction.
Eusebio-Cope, A., Sun, L.-Y., Hillman, B. I. and Chiba, S., L Salaipeth, Yu-Hsin Lin, Y.-H., Sasaki, A., Kanematsu, S. and Suzuki, N.
[掲載論文] Virology(2010)  397, 399-408. doi: 10.1016/j.virol.2009.11.035(featured on the COVER).
[内容紹介] 世界3大樹病の一つであるクリ胴枯病の病原糸状菌Cryphonectria prasiticaには様々なウイルスが感染します。いくつかの種は宿主菌のクリに対する病原性を低下させるヴァイロコントロール因子となり得ます。マイコレオウイルス1(MyRV1)もその一つで、近年私どもが性格付けを行ない、新しい属に分類されるべきことを報告しました。MyRV1は11本の2本鎖RNA(S1-S11)をゲノムに持ちます。本研究では、S4の再編成株4種を分離し、特徴付けを行ない、機能解析に用いました。再編成ウイルス株に含まれる標準S4より短いS4セグメント(S4ss1~S4ss4)はORFの80~90%の内部欠失を持っていました。野生株、以前に分離した再編性株S10ss(S10のORFの75%が欠失)(Sun & Suzuki, 2008)と比較すると、複製量に顕著な差は認められませんが、ウイルス胞子伝搬効率の著しい低下、病徴型の差異が認められました。遺伝子再集合によりS10ssとS4ss両方を保持するウイルス株の分離に成功しました。興味深いことに、本系統も複製可能でS4ssを持つ系統と同じ表現型を示しました。以上より、S10コードの蛋白質VP10同様にS4コードの蛋白質VP4はウイルス複製に不要であることが示されました。しかし、VP10とは異なり、VP4は効率的ウイルス垂直伝搬、ウイルス病徴発現に必要であることが示されました。論文に用いた図の一つがカバーに採用されました。  

2009

植物糸状菌病の防除のための有望なヴァイロコントロール因子を発見
A novel bipartite dsRNA mycovirus from the white root rot fungus Rosellinia necatrix: Molecular and biological characterization, taxonomic considerations, and potential for biological control.
Chiba, S., L Salaipeth, Yu-Hsin Lin, Y.-H., Sasaki, A., Kanematsu, S. and Suzuki, N.
[掲載論文] Journal of Virology(2009) 83, 12801-12812. doi:10.1128/JVI.01830-09
(featured in the SPOTLIGHT)
[内容紹介]  白紋羽病は子のう菌Rosellinia necatrixにより引き起こされる植物土壌病害のひとつで、世界中、特に日本の果樹に重大な被害を齎しています。以前、松本らのグループは、ヴァイロコントロール(菌類ウイルスを用いて植物糸状菌病を防除する)因子の探索を目的に多数の自然発生白紋羽病菌を収集し、それらの約20%の株からウイルスが検出されることを報告しました。茨城県の土壌から分離された白紋羽病菌W779株もその中の1株です。本研究では、W779株から分離された新規のウイルスの詳細な性格付けを行ないました。W779株には2本のdsRNA (1 & 2)を包含する球形粒子(直径約50 nm)が感染していました。精製球形粒子をW779菌株とは細胞質不和合性(対峙培養で細胞融合が起らない)の菌株(W97株、W370T1株)に導入した結果、生育遅延および病原力低下が観察されました。以上の結果は、新規ウイルスはヴァイロコントロール因子として有望であることを示します。
  一方、ゲノムdsRNA1, 2の両セグメントは各々、極めて長い5’非翻訳領域(UTR,ca. 1.6 kb)、2つの大きいORF、比較的短い3’非翻訳領域(UTR)をもちます。dsRNA1の3’末端側のORFはRNA依存RNA合成酵素(RDRP)をコードし、他のマイコウイルスのRDRPと20〜30%程度の低い配列相同性を示した。他のORFにコードされている蛋白質は既知の配列との類似性は示しません。以上の結果より、本ウイルスをRosellinianecatrix megabirnavirus 1と命名し、新しいウイルス科、Megabirnaviridae (大きいサイズの2分節dsRNAウイルスという意味)のタイプ種とすることを提案しています。
この論文は掲載号のSPOTLIGHTで取り上げられました。

植物病原糸状菌に感染するマイコウイルス研究の総説です
Viruses of plant pathogenic fungi
Ghabrial, S. A. and Suzuki, N.
[掲載誌] Annual Review of Phytopathology(2009) 47353-384.doi:10.1146/annurev-phyto-080508-081932.
[内容紹介] 植物に病気を起こす菌類は約1万種あると言われています。近年、それらの菌類で「ウイルス狩り」が行なわれ、多くの新種のウイルスが見い出されています。本稿は菌類ウイルスについての総説です。何故、植物病原糸状菌に感染するウイルス(マイコウルス)を研究するか?そのどこに面白みがあるか?から始まり、マイコウイルスの発見からこれまでの歴史を振り返りつつ、マイコウイルス学の将来を展望しました。マイコウイルスの分類、粒子構造、ウイルスの宿主菌での生活環も概説しました。各論では、日本で進められている生研センタープロジェクト「植物糸状菌病制御のためのヴァイロコントロール因子導入法の開発」(代表:果樹研兼松博士)、あるいは近年進展著しい系(例えば、マイコウイルス/クリ胴枯病菌、マイコウイルス/イネいもち病菌、マイコウイルス/紋羽病菌等)の話題を紹介しました。取り上げたマイコウイルスの中には潜在的ヴィロコントーロール(生物防除法の一種で、ウイルスを用いてそれが感染する重要な病原を制御する)が含まれています。今後、基礎研究にも応用研究に大きな貢献が期待されるマイコウイルスの理解の一助になると思われます。(文責:鈴木)。

ウイルスで初めて見つかった「変わり者」翻訳機構
Coupled termination/reinitiation for translation of the downstream open reading frame B of the prototypic hypovirus CHV1-EP713.
Guo, L., Sun, L.-Y., Chiba, S., Araki, H., and Suzuki, N.
[掲載誌] Nucleic Acids Research (2009)37, 3645-3659 doi: 10.1093/nar/gkp224.
[内容紹介] 真核細胞のmRNAは通常モノシストロニックに機能します。すなわち、1種類のmRNAから一種類の蛋白質が翻訳されます。しかし、このルールに従うウイルスのmRNAは20%を下回ります。かなりの種類のウイルスmRNAはポリシストロニックに機能し、1種類のウイルスmRNAから複数の蛋白質が翻訳されます。ヴァイロコントロール因子であるハイポウイルスは、ゲノム長のmRNA(12.7 kb)上にペンタマーUAAUG(UAAが5‘側ORFの終止コドンAUGが3’側ORFの開始コドンとして機能する)によって連結された2つのORF AとBを持っています。この論文では、リボソームがORF Bを翻訳するために翻訳停止/再開始機構を用いることを証明しました。リボソームがまずAを翻訳し、約4%のリボソームがmRNAから解離せずにBの翻訳を再開するという興味深い機構です。この再開始率に影響を及ぼすシス、トランス因子の存在を示唆するデータも併せて紹介しました。翻訳停止/再開始機構を用いる動物ウイルスmRNAの例は知られていましたが、ハイポウイルスの例は他の宿主界で認められた最初の例となります。ウイルスで初めて見つかった「変わり者」翻訳機構が、後で細胞由来のmRNAでも見つかることはよくることです (例えば、リーキースキャニング、IRES等)翻訳停止/再開始機構によりポリシストロニックに機能するであろう細胞由来のmRNAも最近見つかっています(文責:鈴木)。

世界3大樹病の一つであるクリ胴枯病菌の核型を明らかにしました
Electrophoretic and cytological karyotyping of the chestnut blight fungus, Cryphonectria parasitica..
Eusebio-Cope, A., Suzuki1, N., Sadeghi-Garmaroodi, H., and Taga, M..
[掲載誌]Fungal Genetics and Biology 46, 342-351(2009) (Featured on the cover)
[内容紹介]世界3大樹病の一つであるクリ胴枯病の病原糸状菌Cryphonectria prasiticaは生物防除の研究、ウイルス・宿主相互作用の研究で重要な役割を担ってきています。ゲノムプロジェクトが進行中で、ゲノム全体の9割程度カバーしていると考えられる配列データがつい最近公開されました。しかし、本菌の核型は不明でした。そこで野生株EP155とハイポウイルス(CHV3)が感染し、病原性が衰退したhypovirulent株GH2の2株で,細胞学的にそして電気泳動学的に核型を決めました。各種薬品処理後の体細胞分裂中期の染色体を観察しました。その結果から、各染色体には形態的特徴(サイズ,狭窄,ヘテロクロマチン,こぶ状突起等)が認められ、染色体を模式化したイディオグラムの作成が可能でした。染色体数は2菌株ともn=9であると結論されました。パルスフィールド電気泳動度結果からはゲノムサイズは約50Mbpと推定されました。2菌株間で染色体の形態に顕著な相違が認められ,その一部は相互転座によることが示唆されました。これらのデータはゲノムプロジェクトを補完する貴重な基礎データであり、他のグループにより行われている現在進行中の連鎖地図の作成に大きく貢献します。菌類の体細胞染色体をこのように形態的に詳しく特徴づけたのはおそらく本研究が初めてです。(文責:鈴木、岡山大学自然科学研究科多賀正節博士との共同研究)。

名古屋国際ラン会議でNIOC奨励賞を受賞しました
ランえそ斑紋ウイルスのダニ伝搬様式,分子系統および診断技術に関する研究
近藤秀樹・前田孚憲・野田瑞紀・鈴木信弘・玉田哲男
名古屋国際ラン会議2009 NIOC 奨励賞
[内容紹介] この研究では、ラン科植物の重要な病原ウイルスであるランえそ斑紋ウイルスが、媒介生物(ヒメハダニ)でどの様に伝搬するかを解明するとともに、その遺伝子診断技術を確立したものです。今後、本ウイルスの発生実態の解明とその被害の軽減が期待されます。なお、本研究は日本大学との共同研究で行われました。(文責:植物・微生物相互作用グループ  近藤)


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